生きていてほしい、私より長く。
死ななきゃOKの基準で冒険もした。
やばかったこともあった。
死ななきゃOKの基準で冒険もした。
やばかったこともあった。
何度も。
うちでいちばん救急車に乗ってる。
医者にも、あなたは遠慮しなくて良い、命に関わるから。と言われていた我が子。
2歳から文字を叩き込まれた我が子。
最初に覚えた字は、卵、乳、そば、落花生、小麦。
これが全部-ならお菓子どれでも買ってあげる。
一個でも○は食べられないよ。探せーみたいな
感じで文字や記号を学習。
いつか、手を離すその時のために必死に教えた。
生きてほしいから。
まず、食品を買うときは、裏を見る。そのくせがついている。
良く頑張ってくれたなあと思う。
黙って堪えてくれたことがどれほどあったことかと
今ならわかる。
私も、必死だった。働きながら、学ばせ、食べさせるだけで精一杯だった。
余裕無かったから、ぶつかる。
お互いにギリギリで持ちこたえた。
そんな感じがした。
その後、太宰府天満宮に行ったんだけど、
もう、我が子は大人になっていた。
頑張ってよかった。
生き残ってくれて、ありがとう。