前回より影について論じております。実際には影のみならず、芸能人と影との関係を論じているのですが、皆様方はいかがお考えでしょうか。実際に影の問題にまで接近できる人はかなりの努力をしている芸能人であり、その数も少ないのが現状です。それもそのはずで、例えば、アニマ・アニムスのことを考えてみてもお分かりだと思いますが、自分の本来の性の逆を生きるだけでも精神的にかなりの負担となります。それを乗り越えて第三の性を確立していくわけですから、第一段階ですら非常に大きな困難が待ち受けていることがおわかりだと思います。
それにしてもこのような視座で芸能人の軌跡を眺めてみますと、やはり経験が非常に大切な商売であるといえるのではないでしょうか。経験をしない限り元型イメージの各段階を体験することもできず、ここにステージやカメラの前に立った時の大きな差が出てくるのではないかと考えております。確かに歌はうまいけれど、それにしても地に足がついていない・・・と感じる歌手がいたとします。そのような歌手はやはり個性化についてうまくいっていないのかもしれません。個性化が全てではないですが、それにしてもやはり大きな要因であるかと私は考えております。仕事の現場では「何事も経験すること!!」と上司から叱咤激励を受けることも多いかと思いますが、これを論理的に解説すると元型との関連で説明は可能であるかと思われます。逆に考えると、個性化には行動と経験が必要であり、行動しない人にとって個性化への実現は困難であるでしょう。かといって行動したから個性化できるものでもなく、これが人生の難しいところです。
ところで前稿からの続きですが、成功者としての芸能人を目指すA氏ですが、ここでまた大きな壁にぶつかり、どのようにしようか非常に迷っている状況であります。彼は男性から女性になり、あこがれの人になりきったと思えばそれに裏切られ、心身ともに疲労困憊なのであります。ここまではまだ視覚的なものを活かして新たな道を開拓できましたが、影の問題となるとそうはいきません。なぜならそれは自分自身の生きられなかった半面を見つめることになるからです。生きられなかった半面なるものは実のところ生きたくない半面であるかもしれず、それを見つめなおすことは至難であります。音楽が嫌いな人が実のところギターくらいは弾いてみたいと思っていても、音楽そのものが嫌いなので逆にギターに嫌悪感を抱いている人が、生きられなかった半面としてギターを弾けるようにするという影の部分を認めることは困難を極めることは想像するに難しくないと思います。なぜその道に生きていないのか?を考えるときに、その他にも大学教授になりたい夢はあったけれど、お金がなく大学院の進学をあきらめ、一般企業に就職し、そのまま定年退職を迎えた人などを考えてみてもよいかもしれません。この場合はまだ影の部分に触れることは可能であるでしょうけど、それにしても影と真剣に対決するのは容易ではありません。なぜか?それは本当にあるべき自分の姿と現在の自分との対決であるからです。
既に何度か述べておりますように影の問題は性別に関する問題を既に超えたものであります。ですから、問題の解決そのものをこれまでとは全く異なる観点より見つめなおす必要があり、この影の問題と向き合うようになるのは50歳くらいからとなるでしょうか。もっと早くにこの影の問題と対決しないといけないのが芸能人でありますが、通常であれば豊かな人生経験を送ってからまだなお悩みが生じてくるものとしての影の問題であります。これを例えば30代で体験しないといけないとなると、一般的な人よりも20年分もの人生を短縮させねばならず、精神的な負担は相当なものだと思われます。
このようにして若くして第三の道を歩まなければならなくなったA氏が次にとった行動は・・・これまでと違ったパートを演じることです。つまり、主役を狙っていたのであれば助演を狙うなどです。しかしながら、その助演俳優というカテゴリーにおいては右に出るものはいないというくらいに徹底した意思であるならば、助演として非常に「有名」な俳優となる可能性が出てきます。音楽関連で話をするならば、ギターリストとベーシストの関係なるものがあります。ギタリスト、それもリードギタリストなるものは俳優の世界で例えると「主演」に相当します。ですから実に煌びやかな世界であり、その世界を演じ切らなければなりません。これとは逆にベーシストは「助演」に相当しますが、家に例えると「大黒柱」に相当します。ちなみにドラムは基礎です。そもそも基礎があっての家ですから、これがなければ元も子もないという状況です。ボーカルはフロントマンですからこちらが本当の主演となりますが、ギタリストと並んでツートップでいなければならないのがまた難しいのです。
話はそれましたが、例えば、A氏がギタリストとして活動しようとしていたところ、個性化の過程においてベーシストに転向しようとしたとしましょう。これがいわゆる私の意味するところの第三の道であり、影の問題について克服した結果であると見立てるのであります。実際のところ、ギタリストからベーシストへの転向は多く、それ故に私はベーシストを新たに募集する際は必ずギターの経験の有無を聞きます。過去にギターの経験がある場合、ベーシストへの転向の理由について詳しく聞くようにしております。その時に非常に心のこもった返答である場合、まずは実際に加入していただくことにします。このように、過去の自分とうまく向き合ているかについては非常に大切なことであり、影の問題がコンプレックスにからみつき問題が深刻化しているミュージシャンであるならば、次なるステップの老賢者元型のイメージとの対決が難しくなることが予測できますので、加入していただくとしてもその先に大きな困難が待ち受けていることを先に知らせたうえでのことにしております。
さていかがでしたでしょうか、影の問題。このくらいの段階までくると芸能の仕事も本当に面白くなってきますが、同時に対決する相手もまた強くなってきております。ギタリストとして夢をあきらめてベーシストになる・・・これがどれほどの葛藤があるかについては当事者にしか理解不能であるかと思われます。私だったらどうするかを考えてみると、音楽をやめると思います。もちろん、私の影がベーシストであるとは限らないのですが、実のところ私はドラムにも興味がありまして、その昔はドラマーとして活躍していた時もありました。いろいろある中でリードギタリストの道を選んだのですが、ではそれをあきらめてドラマーになれといわれたら・・・しかしながら、私の影を背負うといいますか、逆方向の生き方をしている妻の宗子がおりまして、この関係の在り方が20年以上の信頼関係の源だと考えております。
影の議論は今回で終わりにしようと思います。ご高覧、ありがとうございました。