一見、手助けのようで、
実際はあしかせになってしまっていることってありますよ、です、
足をひっぱっているのか
手をさしのべ自力の這い上がりを促すのかを見極めないと、ずっとそこで振動している状態が続く、
今、不平不満を発している者は、半年後も同じ、、、と聞いたことがあり、自分も含め観察したら、ほぼ当たっていた。
それだけ、「今」の波動(放っているエネルギー)は「これから」に強く影響するのですね。
例えば、
子どもが自転車のバランスを覚えるのと同じように、
やらなきゃ、体験からでなきゃ身につかない。
「離さないでね!』とさけぶ子に
「大丈夫、ちゃんと持っているから
さぁ、こいで!こげーっ!!」と言って
様子を見計らい手を離し見守る。
( ̄ー+ ̄)フッと。
手を、離さなきゃ!
信頼がないと握りしめ続ける。
共依存へまっしぐら。
この繰り返し。すべて。
人に親切にする
困っている人がいたら助ける
これは当然そうしたいもの。
でも、やり方次第ではその人の力が育たないこともあります。
仕事を教えていく立場(年齢)になったときに、手伝ってばかりではダメでした。
言っているだけでもダメでした。
その人がやれるような工夫や、黙々とやっている「姿」を見せる。
ウマくいっている形、を見せる。
メモをとらせ、書いて見てやって染み込ませる。
要するに、(( ´艸`))
やらせ続ける、しかない。
実績をチビチビ高くしてもらうしかないのでした。
素直さと実行、これに勝るものはない(と、思われる)。
覚えてやれる人は、
メモる、よく見ている(真似る)ができている。
やれている人の、やれている人の
言うこと、手順を実行にうつす素直さが、血肉になり活きているのです。
素晴らしい指南書の一執筆者もまた
自身の素直さと実行の賜物。
やれている人は、ちゃんとなにかしら実行しています。
やってみています。
それは全員に備わった宝です。
そんなの思いながらの朝
