私は食事大好き(≧∀≦)
(みな同じ?)
食べているもので、できています、
この私は、母の料理によってできあがりました。
わりと、かなり?頑丈だなぁ、、、と最近シミジミ思い、ヒラメイタ!
少し持ってあげヨット(・∀・)計画。
波に乗るべく。
いつも母が言っている。
「美味しいご飯を『食べる人』(座って待って出されたら食べる側)をやりたい」を少し味わって欲しくなった。
美味しと思ったお店に誘うことにしたのです。
そんな時間を「持つ」ようにしていく。
数回、実行できています。
それで
私は、私が知らない(気付かなかった)母を知った。
正直、(すみません(>_<))私は…
母に心を揺さぶられるような、鷲掴みされるような経験がない。
性格も、似ているようで似ていない。対立の種ありありで、うっとうしがったり、それは違う!と反発したりで慕っているとは言い難い。
(大人になって、強まった)
それを、払拭(に近い)出来事があったのだ、、、
ある日、母との食事を終え、席を立った。
母は「これで支払ってきて」と代金をグイッと押し付けてきますから、、、受け取ります(笑)
まるで、私を追いやるように!
支払いを済ませ振り返ると…
近くにいるスタッフ(達)に、前で手を合わせ深々と!(*゜ロ゜)お辞儀しているのです。
レジの所では「美味しく頂きました
<(_ _)>」とまたお辞儀。
毎回、やっていた。
えっ?(・_・;)な私もご馳走さまでしたは言います。
頭は下げたことありませんでした!
母はいつも、いつも、作っては食べさせる…を40年以上もやってきています。
自分が作らずに、座って待ち、
出てきたものを食べられる、、、
その嬉しさや有り難さの表現が、これなのでしょう((*゜д゜*)
初めて(?)
ん″~~(v_v)′′′′とうなってしまうような光景でした。
いいえ、私がそうしている母に気付かなかった。
そう生きてきた。
意識が向かない物事は「ない」も同然です。
よく、Aさんは気づき、Bさんは知らなかった!となることありますよね。
それはまさにパラレルワールドで、同じ世界のようで、別次元にいる。
意識変われば、景色も変わる。
これにつきる。
私が母に対する見方を変えた途端に、母が違う人に(なったかのように)見える。
これが今後(2019年から)どんどんハッキリ分かりやすくなります。
意識の向けるモノを引き寄せる。
いい・ワルいの区別なく、です。
先行き、私はこの感謝法を身に付けたい。
美味しく頂けたのは、提供者あっての奇跡ですから、伝えて当然なのかもなぁ~と感じたのでした(_ _)
掴まれるには適材になるが先
の図(として選んだ)。
