コレクターではないが、ついつい時計を買ってしまう。

これといって高価な時計ではないものの、なんとなく気になった時計があれば、買わずにはいられない。

日常的によく使う主力級の10本はケースに陳列して収納しているが、それ以外のいわゆる ”2軍” の時計は、別のボックスに、無造作に放り込んである。

ケースには10本しか収納できないため、新しい時計を買うと、主力と2軍の入れ替え戦が行われる。

この中のどれか1本も、もうすぐ届く新しい時計と入れ替えられることになるだろう。

 

 

時計と言えば、J.C. コリンズと J.I ポラスの名著 『ビジョナリーカンパニー』 の第2章は、次のような印象的な書き出しで始まる。

 

「昼や夜のどんなときにも、太陽や星を見て、正確な日時を言える珍しい人に会ったとしよう。

(中略) この人物は、時を告げる驚くべき才能の持ち主であり、その時を告げる才能で尊敬を集めるだろう。

しかし、その人が、時を告げる代わりに、自分がこの世を去ったのちも、永遠に時を告げる時計をつくったとすれば、もっと驚くべきことではないだろうか」

 

 

僕の仕事は、「時計をつくる仕事であるべきだ」と、いつも思う。

学者・コンサルタントをしていると、専門分野においては、先述の「時を告げる人」のように、特殊能力を賞賛される場合が多い。

事実、かつて 30才 そこそこで駆け出しの大学教員をしていた頃、自分の親のような世代の大学事務の職員から「先生」と呼ばれ、自分がさぞかし偉くなったと勘違いをしていたことを思い出すと、いまでは汗顔ものだ。

 

現在の仕事でも、企業内研修などで登壇の機会を頂く際など、多少の学識・学術の知識やコンサルティングの経験などから、畏敬の念を払って頂けることも無い訳ではない。

しかし、僕の仕事は、僕自身の特殊能力(=時を告げること)を誇示することではない。

様ざまな組織のあらゆる階層で、僕などがいなくても、第一線で活躍できる人材を育てる(=時計をつくる)ことだ。

その日の仕事をつうじて、最後まで僕が目立っているようでは、その仕事は失敗である。

あくまでも主役はその場に参加している現場の関係者であり、講師・コンサルタントとしての僕は黒子に徹するべきで、それが本当のプロの仕事だと思う。

大学の教員をしていた頃も、学生への講義が「自分自身の研究の成果を学生に対して自慢げに披露する場」であってはならないと、いつも自戒していた。

僕の書いた論文など、学生諸子が大学という学びの場で学術研究を修める為のひとつのツールに過ぎないのだから。

 

併せて、僕がそうした、ある意味で ”日の目を見る機会” をつくってくれている関係者にも、感謝を常に忘れないようにしている。

企業内研修の場合、講師という立場は、どうしても目立ってしまうことは否めない。

ただ、それは、単なる「役割」だけのことだ。

言うなれば、舞台の上で歌って踊る「演者」が講師の役割であるとすれば、その舞台の幕が上がるまでの下準備をしてくれている案件のコーディネーターが「舞台スタッフ」であり、講師などよりも、もっと大変な仕事をしているハズだ。

舞台スタッフのこうした事前の苦労があってはじめて、「演者である講師は”用意された” 舞台の上で、楽しく歌って踊って、観客(=受講者)の拍手喝采を浴びているだけに過ぎない」ということをいつも肝に銘じている。

 

ただし・・・演者として最高のパフォーマンスを発揮したいが為に、舞台スタッフの仕事にあれこれと余計な口出しをしてしまい、「口煩い演者だ」と嫌がられ、面倒くさがられていることも承知しているのだが・・・。

 

現に、いまも、主管元の想いが錯綜し、なかなか中身の決まらないなかで懸命に調整をしてくれている案件が幾つもある。

そうした苦労に応える為にも、僕が「講師といういわば演者の立場で歌って踊る舞台」を懸命になって作ってくれている舞台スタッフの頑張りに応えたいという一心で、せめて、スポットライトの下では華やかに振る舞いたいと思い、稽古(≒勉強)に励んでいるつもりだ。

僕が演者として巧みに歌って踊ってみせることがそのまま、主管元からの当該の舞台スタッフへの評価につながると考えるからだ。

どんなことがあっても、演者を輝かせるために縁の下で懸命に頑張ってくれた舞台スタッフに恥をかかせることなど、許されない。

 

「変革」や「企業のこの先のあるべき姿の模索」が案件のテーマになることが多いことから、稽古の一環として 『ビジョナリーカンパニー』 を久しぶりに書庫から引っ張り出してきて、読み返してみた。

読み返していくなかで、第2章の書き出しを読み、感慨深くなって、思わず筆をとった。