ゴールデンウィークなので、子どもたちを連れて、近所の公園に、ピクニックにいった。

料理が趣味である僕は、早起きして、お弁当を作った。

子どもたちの好きなものばかり。

タコさんウィンナー、たまご焼き、からあげ・・・など。

 

 

我ながら、上手く(美味く)できた。

 

今年こそ、念願の「家庭料理技能検定 ”2級”」に合格したいものだ。。。

3級を取得してから、随分と日が経ってしまった・・・閑話休題。

 

ゴールデンウィークということもあり、公園には幾つかの屋台が出ていた。

そのなかのひとつに、かき氷を売る屋台があった。

 

姉(長女)は、メロン味のかき氷が食べたいと言った。

妹(次女)は、イチゴ味のかき氷が食べたいと言った。

僕(父)は、ふたりの意見が一致したら、かき氷を1つ、買ってあげると約束した。

 

「複数主体が関わる『意思決定』の問題や行動の相互依存的状況」について数学的なモデルを用いて研究する学問に「ゲーム理論」がある。

相手の手の打ち方を読んで、できるだけ自分の得点を高くし、失点を少なくするにはどうするか、という方策を求める数学理論とも換言できる。

ゲーム理論は、もともと、新古典派経済学への批判を目的として生まれたが、1980年代のいわゆる「ゲーム理論による経済学の静かな革命」を経て、いまでは経済学の研究分野の中心的役割を担うようになった。

ゲーム理論は、もはや経済学の範疇を超え、顧客との交渉を有利に進めるために知っておきたい概念の1つとして、ビジネスの分野でも援用されている。

 

ゲーム理論でしばしば紹介される有名な命題のひとつに「囚人のジレンマ」がある。

相互に協力する方が協力しない場合よりも良い結果になることが分かっていても、「『協力をしない者』が利益を得られる状況」が明白であると互いに協力しなくなるという現象である。

個々人が合理的に選択した結果(=ナッシュ均衡)が必ずしも社会全体にとって望ましい結果(=パレート最適)にならないので「社会的ジレンマ」とも呼ばれている。

そのような現象は、会社組織や地域のコミュニティーなどでも、随所でみられる。

 

さて、先述のかき氷の例を見てみよう。

 

どちらかが先に妥協(協力)して自分が食べたいフレーバーを諦めれば、2人ともかき氷を食べることができる。

ただし、先に妥協した方は、自分が食べたかったフレーバーのかき氷を食べることができない。

その一方で、最後まで妥協しなかった方は、自分が好きなフレーバーのかき氷を手にすることができる。

つまり、妥協をした方が損をして、妥協をしなかった方が得をする。

だから、どっちも最後まで自分が食べたいフレーバーを譲らない。

まさに、「囚人のジレンマ」の状態だ。

 

意地悪な僕は、姉妹がどのような解決を図るか、黙って見守っていた。

と、いうより、日常で垣間見られる「学術理論の実証実験の好機を得たり」と、ワクワクしていた。

姉妹のそれぞれにかき氷を買ってあげれば何の問題もなかったのだが、とっさに囚人のジレンマの状況が見てみたくなったのだ。

学者・コンサルタントとは、実にメンドクサイ人種であると、自分でもつくづく思う。

 

さて、”リアル” 囚人のジレンマの結末は・・・姉が妥協・・・いや、懸命な判断をして丸くおさまった。

さすがは、お姉ちゃんだ。