この春から、ソフトテニスの社会人サークルに参加させてもらっている。

これまでもときどきはラケットを握っていたが、ソフトテニスをある程度 本気で、本格的にやるのは、実に20年ぶりだ。

ラケットひとつとっても、最新のものは技術がすすんで使い勝手が良くなっているし、道具やウェアなども機能性が格段に向上している。

なによりも驚いたのは、そもそも僕がまだ現役当時の、「『軟式』と呼ばれていた時代のテニス」と「現在の『ソフトテニス』」では、ルールが変わっていたことだ。

僕は「前衛」を専門としているので、サーブはそれほど得意ではない。

昔は、そもそも、前衛はサーブなど打たなかった。。。

と、いうことを知ってるメンバーが、サークル内には皆無だったことにも、更なる驚愕を覚えた。。。

 

件のソフトテニスのサークルだが、主宰者は、九州出身の20代の女性である。

巷では、硬式テニスのサークルは多いのだが、ソフトテニスはマイナーなスポーツなのか、なかなかこれといったサークルが見つからなかった。

そんなとき、ちょうどこの春から新たに立ち上がるソフトテニスの社会人サークルがあり、ご縁あって参加している次第である。

20代の社会人の男女がメンバーの大半を占めるが、高校を卒業して間無しの10代後半の新社会人もいれば、現役の大学生もいるし、40代のオジサン(僕?!)まで、参加者の層は幅広い。

主宰者の女性は、テニスコートの予約、LINEでの練習案内の発信、参加可否のとりまとめ、練習メニューの検討、練習内の試合の組み合わせ・・など、枚挙に暇が無いが、参加者が不満を持たないようにし、満足度を高めるための工夫が随所でみられる。

20代であったり、女性であったり、そうした目で見ることを理由に論をすすめるつもりは毛頭無いが、毎回の練習に参加するにつれ、主宰者の女性には、実に頭の下がる思いがする。

 

仕事柄、「チームビルディング」「リーダーシップ」など組織マネジメントに必要な能力の修得を目的とする研修を依頼されることも多い。

いつも思うのだが、こうした能力は、誰かに言われて、そういう場面を設定されて、そこで否応無しに実践 ”させられる” ようなものではないと、日頃から疑問を感じている。

僕が参加している社会人サークルの主宰者のうら若き女性は、「地方から大阪に出てきて、ソフトテニスをしようと思っても、希望するようなサークルが無かったので、だったら自分で・・と思ってゼロからこのサークルを作った」と言っている。

自分の仕事を自己否定するようで心苦しいが、企業が求める能力を有し、真に行動できる人とは、こういうことだと思う。

 

僕の専門の組織について言うと、組織論の祖とも言われている C.I.バーナード によれば、組織とは「2人以上の人からなる意識的に調整された活動や諸力の体系」だと定義されている。

併せて、組織が成立する3大要件として、「共通目的」「協働意欲」「コミュニケーション」が不可欠だとされている。

ソフトテニスの場合、前衛と後衛という2人組で1つのチームが構成されている。

”試合(相手)に勝つ” という共通の目的をもち、”前衛と後衛が互いの役割を果たす” ために相互に協力(協働)して試合をすすめ、”試合展開についての作戦であったり、励ましあったり、賞賛や激励の声を掛け合ったり” するなど試合中も会話は欠かせない。

バーナードの定義に従えば、まさにミニマムな組織がそこにある。

 

学生時代とは異なり、”完璧に捕らえた” と思ったボールに ”コンマ数秒” 身体の反応が遅れているのが、自分でも分かる。

早いボールに老眼の動体視力が追い付いていないことも、分かっている。

それでも、久しぶりに身体を動かし、何回かに1回のクリーンヒットした、イメージどおりの球が打てた時の充実感がクセになる。

相変わらずの職業病で、ソフトテニスを楽しみながらも、練習中はいつもバーナードの組織論が頭の片隅をよぎっている。

でも、それはそれで、面白い。

週に1回程度の練習ではあるが、出張などで参加できないことも多いものの、できるだけ時間を作って、参加したいと思う。