中学偏①
🏫中学校に進学すると
これまで別々のチームでプレーしていた友達と、
同じ部活でサッカーができるようになりました。
私にとって、それはずっと待ち望んでいた瞬間でした。
みんなで一緒にボールを蹴れることを
心から楽しみにしていたのです。
🌱理想と現実のあいだで
しかし、入部してすぐに現実の厳しさを知ることになります。
私の中学校は上下関係が非常に厳しく、
1年生は練習に参加することも許されず、
学校の周りを走ったあと、
先輩たちの練習中はボール拾いしかできませんでした。
ボールを蹴れるのは、先輩たちの練習が終わった後の、
ほんのわずかな時間だけでした。
敬語は必須で、たとえ兄弟であっても「○○さん」と
呼ばなければならないほどの徹底ぶりでした。
今では考えられないようなルールですよね。
練習に本格的に参加できるようになったのは、
3年生が引退した7月からでした。
ボールを蹴れる喜びはありましたが、先輩たちが怖くて、
最初は気を遣いながら練習していました。
それでも、先輩たちが優しく接してくれたおかげで、
少しずつ慣れていきました。
中学生になると、サッカーボールのサイズも変わります。
4号球から5号球になったことで、
はじめは違和感を感じていましたが、
体格が優れていた私は、
慣れるまで時間はかかりませんでした。
1年生だけの試合はほとんどなく、
先輩の試合では応援しかできませんでしたが、
秋頃から少しずつ試合に出してもらえるようになりました。
「先輩の足を引っ張らないように」——その一心で、
必死にプレーしていました。
先生や先輩から厳しくも温かい指導を受け、
秋を過ぎる頃にはレギュラーとして試合に
出場できるようになりました。
順調に進んでいた私に、思いもよらぬ
アクシデントが襲いかかります。
🔥思いもよらぬ転機
2年生の夏のことです。
全国大会出場をかけた大会で、地区予選を勝ち上がり、
大阪府予選まで進出していました。
私はその試合に出場していて、0-0のスコアレスで
拮抗した試合でした。
何度もチャンスを作っていましたが、なかなか得点を
奪えない状況でいした。
後半に入って何とか得点を奪うために懸命にプレーを
していました。
相手ゴールに迫ったそのときに…
相手選手のファールを受けて倒れました。
そのときに今まで感じたことのない痛みと音が…
私はうずくまることしかできませんでした。
すぐに救急車を呼んでもらい、病院へと運ばれました。
レントゲンを撮った結果は、右足の複雑脱臼骨折という
重症でした。
遠方での試合だったため、
応急処置だけ受けて母に迎えに来てもらい、
家に帰りました。
その後、地元の病院で入院し、
手術を受けることになりました。
ここから、私の壮絶な入院生活が始まったのです。
中学偏②に続く…
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