こんにちは、渡邉まゆ美です。
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プロフィールの続きをお話させていただきますね。
高校を卒業してすぐに私は地元の大きな薬局に入社しました。
そこで化粧品部門を担当していました。
メイクをするだけでみんなキレイになる。
肌が変わるだけでみんなキレイになる。
その人その人に合うお化粧品を選ぶことの楽しさを実感していましたが
ある店舗のチーフに配属された時に
以前にいた店舗に比べて売上も低く売れていない在庫がとてもたくさんあったんです。
どうしたらお店の売り上げをあげられるか。
24歳くらいだった私はそこでそれを真剣に考えました。
当時まだバブル景気がうっすら残っていた頃で
口紅の新色も30色くらい一気に出てたりしてたんです。
でも田舎の店舗では売れる色筋はある程度決まっていて
すごく暗い茶色とか紫とかが在庫の山になっていたんですね。
でも返品できる量は売上率で決まっていたから
売れない店は在庫がいつまでもあるというおかしなループになっていたんですよ。
そこで私はリップライナーやグロスを駆使して
こんな色誰がつけるんや、と突っ込みたくなるような口紅の色味を変えて使ってもらう方法でたくさんの方にお勧めしました。
それで客単価も上がり売上も上昇し在庫が減っていきました。
その他にもお店だけで販売コンクールをしてたり
ノルマ達成するノウハウをみんなで考えたり
DMを出す事でどれだけの利益率、還元率があるか
色々時期や景品を考えて10%戻れば上等、と言われているセールで30%の戻り率の記録を出したり
福井県の高級ブランドの化粧水の販売コンクールで個人入賞したこともあります。
上司や後輩にも恵まれてすごく充実した日々を過ごしていました。
売り上げも当時の記録を次々更新しました。
初年度は前年比130%
二年目は更に120%アップ
三年目もまだ110%アップ。
その頃一度目の結婚もしましたが
本当に仕事が楽しかったです。
当時の夫はとても背が高くて優しくて癒し系な人でした。
他の誰に聞いても「え〜」って言われていましたが
私にはどうみても吉田栄作にしか見えなかったのです。とにかくカッコ良かったのです。
だけど
ずっともうエステサロンを自分でしたくてウズウズしていた私と
そんなに働くことに重きを置いていなかった夫との間には少しづつ溝ができていきました。
ちょうどその頃
大きなドラッグストアがあちこちに出店を始め
私のいた薬局の売り上げも大幅に下がりだし
お化粧品も2割引きで販売されていたので化粧品の売り上げも下がり始めました。
私は
当時の副社長に同じように割引しないとお客様が来てくれなくなる、と訴えました。
その利益を出すために何倍販売しなくてはならないかまで幼くて思考が回らない私に副社長は何度も優しく諭してくださいましたが
もう私はモノを売ることに疲れてしまっていました。
そしてもう大手企業と同じものを売るは疲れた、
形がないものを売りたい、サービスを売りたい、と
当時ブームだったブライダルプロデューサーになろう、と決意し
離婚して誰も知り合いのいない神戸に31歳の頃に飛び出しました。
無鉄砲なところは今とあまり変わってないと思います。
次は神戸時代のヘアメイク下積みの頃のお話を。
もう少しお付き合いくださいませね。
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