しまねこが教えてくれたこと | 猫まんじゅうひとつ下さい(=^エ^=)

しまねこが教えてくれたこと

しまねこが逝った日


スーチーから「今日明日かもしれない」と
連絡が来たのにも関わらず僕は仕事を選びました。


しまねこの治療費や他の家族を守る為にお金を稼がないといけないと、その時は思っていました。
僕が出来る事はそれだけと思っていました。


ほんとうはお金を稼ぐ事よりしまねこの方が大事だとわかっていたのに。


その日、午後にスーチーから送られてきた写メを見て、

「僕が帰るまでもたないかもしれない」と思い、

スーチーには「苦しむだけならその時がきたら逝かせてあげて」
と伝えてはいました。


でも、内心は「頼むから頑張ってくれ」と祈っていました。


家に帰ると彼はほとんど開かなくなった目で僕の事をしっかり見つめてくれました。


「待っててくれた」


と思った瞬間、涙が溢れてきました。


僕は闘病生活が始まってから、しまねこにはなるべく笑顔で話しかけるようにしていました。


彼の不安や苦しみを少しでも取り除けるように。


というより僕自身の不安を悟られないように。


当日も会社ではなるべく笑顔で過ごしていました。


でも、彼は多分僕の心がわかっていたと思います。


なにせ賢い子ですから。


そんな僕が後悔しないように、彼はつらいつらい状態にムチを打ち続け、
最後の最後まで僕らのことを気遣い輝きまで残してくれました。


そして虹と少し笑えるメガメのメッセージ。


今まで僕は死とは縁遠かった手前、そうゆう現象を一切信じていなませんでしたが、
間違いなくしまねこからの「贈り物」でした。



しまねこは僕がはじめて自分で持った【家族】


彼がほんとに生まれて間もない頃からスーチーと一緒に過ごしてきました。

そのスーチーと喧嘩ばかりの日々、別れそうになった日も傍にいてくれました。
彼はその喧嘩に巻き込まれて若干嫌気がさしていたかもしれません。
でも、彼がそんな僕らを仲裁してくれた。
正直彼がいなければ今の僕達はありません。


皮肉にも、彼が闘病生活に入りスーチーとは昔みたいに、

色々真剣に話したり笑ったりするようになったと思います。


実はスーチーはここ1~2週間体調を崩していました。
心身ともに限界だったでしょう。
それでも、弱音ひとつ吐かずしまねこの事を全力で看病していました。


そして、ポッポとポケにも寂しい思いをさせたはずですが、彼らも協力してくれました。
そんな彼らが健康で傍に居てくれる喜びを知りました。


今まで自分が一番大事だった僕にたいして【家族】が傍にいるありがたさ、

大切さをしまねこが身をもって教えてくれたんだと思います。


そんな彼の命の灯が消える10分程前、
声を出すことも困難な状況なのに大声で僕に呼びかけました。


「お父さん僕は先に行くけど、僕の大切なみんなをお願いね」



その遺言にたいして公園のお散歩で読んだ手紙に「心配するな」と伝えました。
それが彼に伝わって雲ひとつない青空の下に虹を架けてくれたと思います。

彼は一生僕らの【家族】
鼻でか家長男のフィーゴです



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また話を戻してしまいすいません。
残念ですが、しまねこの匂いや手触りはいつか忘れてしまうでしょう。
でも、彼の伝えたかった想いまで忘れるのが怖いので記事として残させて下さい。
もう少しだけ、しまねこのお話にお付き合い願います。



彼がなくなってから、みなさんの一つ一つのお気持ちが心に染みました。
そしてみなさんの亡くされたニャンコちゃん達のお迎えでしまねこが迷わずいけたこと感謝します。


鼻でか