20代半ば頃だったでしょうか。
何かに憑りつかれたかのように
「ライフワーク」ってものを
探し求めていた時期がありました。
「ライフワーク」で検索すると
良くHITする本田健さんの著書を
何冊も購入した記憶があります。
今、手元にあるのはこの1冊だけかな?
1冊買って、読んで
気に入ったのか気になったのか
何かがあったから
他の著書も購入したはずですが
あまり内容を覚えていません![]()
本の内容が悪いわけではなくて
当時の私の定義では
ライフワーク=
自分にしかできない特別な仕事
だったのですよね。
本田さんは著書の中で
必ずしもそうじゃないよー、と
繰り返し説いていたと思うのですが
そこを自分が受け入れられなかったので
無視して
頭や心に残さなかったのだと思います。
それでも他の著書を購入したのは
仕事やお金との付き合い方あたりが
自分にない考えで衝撃的だったから、かな。
私にとって
仕事は自分に居場所をくれるもの、
肩書をくれるもの、でした。
仕事=肩書がない自分は
意味のないもの。
自己紹介をする時の
「○○のIwaMyyです。」
ライフワークを探し求めていたのは
IwaMyy という自分自身ではなく
○○のという肩書を
より確固たるものにして
自分の存在を揺るがないものに
したかったから。
○○の がない
単なる IwaMyy では
存在意義がないと思っていたのです。
そんなんでライフワーク・・・
見つからないよねー![]()
当然のように
ここでもこじらせっぷりを発揮し
SEとしてのスキルアップのために
やたら研修に行ってみたり
謎に公務員試験を受験をしてみたり
幼い頃から習っていたピアノを生かして?
音楽療法をやろうと学校見学に行ってみたり
何か、色々手を付けていた気がします・・・
自分の肩書(○○会社の社員)が
どーもしっくりこなくなって
なーんか、○○会社の社員で
ずっといたくはないな、と思い始め
でも何らかの肩書は必要で
適当な肩書だと揺らいじゃうから
ちゃんとした肩書をゲットしよう!
→ライフワークってやつを探そう![]()
と、自分がめぐり合っていないだけで
どこかにあるのであろう
自分のライフワークを探す旅
に
出て(るつもりになって)
しまったのですね![]()
自分には肩書がなければ存在意義がない、と
考えている限り
何をやっても、どこへ行っても同じです。
そんな目的の人に選ばれてしまった
仕事・肩書さんだってビックリです![]()
この世に揺るがないものなんてありません。
「外の物」に自分の存在意義を預けたって
期待外れになるのは当たり前。
自分の存在意義は
自分自身の中にしかない。
何をしても、何をしなくてもOK。
肩書なんてあってもなくても
自分は自分。
それだけ。それで十分。
まず、ここを腹に落とすこと。
全てはここから始まるハズです。
「ライフワークは何ですか?」
と聞かれたら・・・
回答例![]()
必要ないので途中で探すの止めたから
分かりません
回答例![]()
そんなもの存在しません
回答例![]()
自分が自分として生きること
今ならこれのどれかを答えるかな![]()

