こんばんは。
昨日は、とても悲しい思い出を蘇らせてしまいました。
恋人と議論をしていたところ、赤ちゃんに旅立たれた日の事を思い出してしまったのです。
きっかけは、私の心ない言葉からだったのです。
私は、病気がすべての原因かはわかりませんが、生活においてたくさんの制限を受けています。
その反面、弱者を守る制度に助けてもらってもいるのですが…
例えば、
賑やかな場所に行けば倒れる可能性があるので行かない
とか
苦手としているものや人に無理に触れ合うと、過呼吸を起こしてしまうかも知れないので、なるべく危険因子との接触は避ける
など…
そりゃ、苦手だったり嫌だったら無理にしなけりゃいい
と、思われる方もいらっしゃるかも知れません。
しかし、私の元来の性格では、人がたくさんいて、賑やかな、まるでお祭りのような場所が大好きで、そこにいる人々を見て、楽しそうであれば、私もそれをもらって幸せになるような人間なのです。
そして、人に対する態度に差をつけるのが大嫌いなのです。
綺麗事を言っているように見えるのですが…
私は、幼少の頃より、姉と妹や母に全く似ていないと、よく虐められたのです。
それは、姉が率先して行っていた事でしたので、やがて家庭から、学校へとも移っていきました。
未だに、酷いトラウマになっています。
ですので、私は人にそのような事をしたくないのです。それは、尊敬する父からよく教わった事でした。
ですが…やはり中には苦手な人っているものですね。
そういう方には、なるべく関わらないようにするとか、それでも会ったり話したりする時には、他の人と変わらず接するべきだと思っていました。
しかし、
今は発作が付き纏うのです。
過呼吸だったり、過度の緊張による震え、硬直、冷や汗、そして最悪な状態として気絶…が起こります。
それを考えると、人の集まる場所を極力避け、人と話す時も、危険を感じたら、事情を知っている人に助けてもらう…など、以前からは考え辛い行動を取らなければならなくなっているのです。
すみません、前置きが長くなりました。
私が、その心ない一言を発する原因が、こうやって受けている制限を、まざまざと知らされた事だったのです。
私は、気持ちを落ち着ける為、薬を多めに飲みました。
仕方の無い事だと、恋人は言ってくれて、私を励まそうとしてくれていました。
しかし、私は、自分の気持ちを上手く切り替える事ができず、彼に八つ当たりをしてしまったのです。
元々、口の悪さには定評があった私なのですが…
さすがに彼もその事には憤慨し、その場を立ち去りました。
それから、薬が抜けるまで、しばらくは運転はできないだろうと、休んでいたのですが、彼は心配して戻ってきてくれました。
しかしながら、私の発言を許してくれたわけではありません。
しばらくは、口論が続き、終いには音楽活動についての話にまでなってしまいました。
音楽活動というと…何だか大袈裟に感じるのですが、彼は私から見ても、周囲の50代位の、ベテランのバンドマンから見ても、素晴らしいピアニストなのです。
幾分、アマチュアですので、本職最優先なのですが、多数のバンドのサポートをしているようなのです。
私は、そんな彼から、一つのバンドを壊してしまったのです。
理由は、誰からも馬鹿にされるでしょう。
嫉妬からです。
それを彼は、許す事ができないと私に言いました。
私は、音楽をやって、にわかなのです。
ですので、私はいつも、練習もライブも、メンバーではなく部外者でした。
『そんな事はない、あなたは仲間だ』
と、彼は言ってくれていますが、
ふとした時に襲い掛かる孤独感といつも闘っていたのです。
それは、
彼等が練習している時、
何故私はここにいるの?
と、自分に問い掛けたり、
ライブハウスの隅っこに一人で彼等の演奏を聞いている時、
私、ずっとひとりぼっちなんだな…
と、奇妙な気持ちになっていたのです。
その時、
私は私を思い出すのです。
私は、21歳でした。
蒸し暑い昼が過ぎ、たくさん泣いたせいか目がよく開かない…
アパートの窓からは、夕暮れの風が吹いてカーテンを揺らし、
部屋の中にあるものたちは、全て消えてしまい、
私は、膝から崩れ落ちて、
去っていった
赤ちゃんと
彼に
一人にしないでと
言っているのです。
彼は、流産したその日、私ではない女性の元へ帰って行ったのです。
…このお話は、気持ちの整理がついたら、後々お話します。
私が、感じていた孤独感の中には、彼が私を一人にしたあの日の記憶が深いところで繋がっていたのだと、気付いてしまったのです。
まさか、音楽の話をしていて、そうなってしまうとは…
私は、自分で音楽と手を繋ぐ自信が無くなって行くのを感じました。
大好きな音楽を
“危険因子”と
認識すべきだろうか?
私は、今日ずっと考えていました。
師匠、と呼んでいる方から借りている、アコギを手に取ってみました。
歌おうとしましたが、泣き過ぎたせいか声が出ませんでした。
夜、彼は仕事が早く済んだからと会いに来ました。
夕飯を一緒に食べ、
部屋にあるアコギを見て、彼は弾きはじめました。
彼は、鍵盤を叩くのには慣れているのですが、弦を押さえて掻き鳴らすのには、私といい勝負位のレベルです。
覚えているコードで弾ける曲を、何曲か弾いてくれました。
音楽を、危険なものにしてしまうと私はどうなるのだろう
いっそ、耳が聞こえなくなった方がいいのだろうか…
ぼんやり、彼を見送りながら思っていました。
彼は彼で、きっと悩んでいる事があるだろうと感じました。
私たちは、不思議な気持ちで別れ、
私は部屋に戻り、もう一度ギターを弾きました。
鬼束ちひろのSignという曲は、色を外せば非常にシンプルな曲で、私でも弾けたのです。
――――――――――――
今夜 君の部屋の窓に
星屑を降らせて音をたてるよ
言えない
何も聞かないで笑ってほしい
喜びよりも哀しみよりも
ただ 君の事を考えているよ
今夜 君のもとへ
――――――――――――
大好きな曲なのに、弾きながら、私はまた、あの日の私を思い出してしまうのです。
昨日は、とても悲しい思い出を蘇らせてしまいました。
恋人と議論をしていたところ、赤ちゃんに旅立たれた日の事を思い出してしまったのです。
きっかけは、私の心ない言葉からだったのです。
私は、病気がすべての原因かはわかりませんが、生活においてたくさんの制限を受けています。
その反面、弱者を守る制度に助けてもらってもいるのですが…
例えば、
賑やかな場所に行けば倒れる可能性があるので行かない
とか
苦手としているものや人に無理に触れ合うと、過呼吸を起こしてしまうかも知れないので、なるべく危険因子との接触は避ける
など…
そりゃ、苦手だったり嫌だったら無理にしなけりゃいい
と、思われる方もいらっしゃるかも知れません。
しかし、私の元来の性格では、人がたくさんいて、賑やかな、まるでお祭りのような場所が大好きで、そこにいる人々を見て、楽しそうであれば、私もそれをもらって幸せになるような人間なのです。
そして、人に対する態度に差をつけるのが大嫌いなのです。
綺麗事を言っているように見えるのですが…
私は、幼少の頃より、姉と妹や母に全く似ていないと、よく虐められたのです。
それは、姉が率先して行っていた事でしたので、やがて家庭から、学校へとも移っていきました。
未だに、酷いトラウマになっています。
ですので、私は人にそのような事をしたくないのです。それは、尊敬する父からよく教わった事でした。
ですが…やはり中には苦手な人っているものですね。
そういう方には、なるべく関わらないようにするとか、それでも会ったり話したりする時には、他の人と変わらず接するべきだと思っていました。
しかし、
今は発作が付き纏うのです。
過呼吸だったり、過度の緊張による震え、硬直、冷や汗、そして最悪な状態として気絶…が起こります。
それを考えると、人の集まる場所を極力避け、人と話す時も、危険を感じたら、事情を知っている人に助けてもらう…など、以前からは考え辛い行動を取らなければならなくなっているのです。
すみません、前置きが長くなりました。
私が、その心ない一言を発する原因が、こうやって受けている制限を、まざまざと知らされた事だったのです。
私は、気持ちを落ち着ける為、薬を多めに飲みました。
仕方の無い事だと、恋人は言ってくれて、私を励まそうとしてくれていました。
しかし、私は、自分の気持ちを上手く切り替える事ができず、彼に八つ当たりをしてしまったのです。
元々、口の悪さには定評があった私なのですが…
さすがに彼もその事には憤慨し、その場を立ち去りました。
それから、薬が抜けるまで、しばらくは運転はできないだろうと、休んでいたのですが、彼は心配して戻ってきてくれました。
しかしながら、私の発言を許してくれたわけではありません。
しばらくは、口論が続き、終いには音楽活動についての話にまでなってしまいました。
音楽活動というと…何だか大袈裟に感じるのですが、彼は私から見ても、周囲の50代位の、ベテランのバンドマンから見ても、素晴らしいピアニストなのです。
幾分、アマチュアですので、本職最優先なのですが、多数のバンドのサポートをしているようなのです。
私は、そんな彼から、一つのバンドを壊してしまったのです。
理由は、誰からも馬鹿にされるでしょう。
嫉妬からです。
それを彼は、許す事ができないと私に言いました。
私は、音楽をやって、にわかなのです。
ですので、私はいつも、練習もライブも、メンバーではなく部外者でした。
『そんな事はない、あなたは仲間だ』
と、彼は言ってくれていますが、
ふとした時に襲い掛かる孤独感といつも闘っていたのです。
それは、
彼等が練習している時、
何故私はここにいるの?
と、自分に問い掛けたり、
ライブハウスの隅っこに一人で彼等の演奏を聞いている時、
私、ずっとひとりぼっちなんだな…
と、奇妙な気持ちになっていたのです。
その時、
私は私を思い出すのです。
私は、21歳でした。
蒸し暑い昼が過ぎ、たくさん泣いたせいか目がよく開かない…
アパートの窓からは、夕暮れの風が吹いてカーテンを揺らし、
部屋の中にあるものたちは、全て消えてしまい、
私は、膝から崩れ落ちて、
去っていった
赤ちゃんと
彼に
一人にしないでと
言っているのです。
彼は、流産したその日、私ではない女性の元へ帰って行ったのです。
…このお話は、気持ちの整理がついたら、後々お話します。
私が、感じていた孤独感の中には、彼が私を一人にしたあの日の記憶が深いところで繋がっていたのだと、気付いてしまったのです。
まさか、音楽の話をしていて、そうなってしまうとは…
私は、自分で音楽と手を繋ぐ自信が無くなって行くのを感じました。
大好きな音楽を
“危険因子”と
認識すべきだろうか?
私は、今日ずっと考えていました。
師匠、と呼んでいる方から借りている、アコギを手に取ってみました。
歌おうとしましたが、泣き過ぎたせいか声が出ませんでした。
夜、彼は仕事が早く済んだからと会いに来ました。
夕飯を一緒に食べ、
部屋にあるアコギを見て、彼は弾きはじめました。
彼は、鍵盤を叩くのには慣れているのですが、弦を押さえて掻き鳴らすのには、私といい勝負位のレベルです。
覚えているコードで弾ける曲を、何曲か弾いてくれました。
音楽を、危険なものにしてしまうと私はどうなるのだろう
いっそ、耳が聞こえなくなった方がいいのだろうか…
ぼんやり、彼を見送りながら思っていました。
彼は彼で、きっと悩んでいる事があるだろうと感じました。
私たちは、不思議な気持ちで別れ、
私は部屋に戻り、もう一度ギターを弾きました。
鬼束ちひろのSignという曲は、色を外せば非常にシンプルな曲で、私でも弾けたのです。
――――――――――――
今夜 君の部屋の窓に
星屑を降らせて音をたてるよ
言えない
何も聞かないで笑ってほしい
喜びよりも哀しみよりも
ただ 君の事を考えているよ
今夜 君のもとへ
――――――――――――
大好きな曲なのに、弾きながら、私はまた、あの日の私を思い出してしまうのです。