児童デイサービス(児童発達支援事業、放課後等デイサービス) Linker 代表の林忠彦です。
西宮で児童の支援をしております(^^)
さて、
前々回は誤解を招きかねない過激な話になったと
思うのですが、その補足をさせて頂きます。
「足るを知る」という言葉は決して、
福祉利用者だけを指しているのではなく
現代社会すべての人を対象にしております。
便利=幸せでもなく、
裕福=幸せではないと思います。
地球上の限られた資源をどう分かち合うか、
それを平等に分かち合う事が出来れば、戦争や災害、
餓死を減らす事が出来ると思います。
(規模が大きな話になっていますが(^^;))
日本の財源を地球の資源と考えた時に
現在日本の資源はどんどんなくなって行っています。
そして残念ながら毎年分配される予算も
平等に分かち合っているとは言えないのが現状です。
(もちろん社会的には平等と言われています)
特に障害者福祉に回って来る財源は厳しいと言えると思います。
この障害者福祉の中には重度の方もおられれば、軽度の方もおられます。
重度の方、軽度の方はその財源の使い方が異なります。
しかしこの判断は障害の程度や等級で判断してしますと
平等ではなくなったりします。
では、どうすればいいのか。
出来る「行動」で判断すればいいのではないでしょうか。
出来ない行動に対して必要なサービスを受けるのは当然ですし、
絶対不可欠です。
「行動」は障害の種類、状態だけでなく、
環境によっても左右されます。
なので、本当に必要なものがハッキリ見えます。
所謂「健常者」の方でも出来ない事はあると思います。
その判断基準として必要なものが
「その障害(行動)がどれだけ生活に支障があるか」
です。
「言葉を話す」は話す事が出来なれば生活に少なからず支障が出来ますが、
「歌をうたう」は歌えない(音痴)でも差ほど支障は出ません。
なので、話す事に問題がある方が言語訓練を受ける事は重要な事ですし、
権利だと思います。これは福祉の範疇です。
でも音痴の方がボイストレーニングに通って音痴を治す事はどうでしょう?
これもダメな事ではないです。
しかし、福祉の範疇ではありませんよね。
この部分は自分の予算でやって頂ければいいのです。
医療費もそうですが、福祉サービスも一定の上限を超えると
利用料が一律なので、使わなくても良いサービスを使っている
現状があります。
音痴も治れば生活の幅は広がります。
でもそれは生活に支障はそれ程出ませんし、所謂「健常者」と言われる方の中にも
同じ問題を抱えている方もたくさんいます。
それを公費で治すのは問題ではないかと思います。
利用者は一定の上限額を越えれば支払う金額には変わりませんが、
事業所には利用回数分の公費が税金で支払われます。
日本の福祉ではどんな状況になっても必要な人に必要なサービスが
提供されると信じていますが、それとこれは別問題です。
高齢者福祉しかり、障害者福祉しかり、
福祉とは分かち合いから成り立っています。
なので、福祉サービスの利用も環境問題と同じように
「エコ」が大切なのではないでしょうか(^^)
って、色んな反論がありそうな文章をまた書いてしまいました(^^;)