今年も気付いたら もう梅が咲き出しましたよ!

 

お陰さまで、今日 念願の運転免許証 手にしました。

思えば ずーっといつかは・・・と思っていたような、

そうでもなかったような。

いざ手にしてみると、 

これからの方が大変な気がしております。

責任重大。 しっかり練習いたします。

 

今日は、敬愛する母方の祖父のこと 書こうと決めておりました。

津軽に沢山いると云う(笑)

 確かにモツケのひとりなのでしょう。

明治生まれの祖父は、黒石のはずれ 浅瀬石の農家の長男でしたが、家を飛び出して 戦前に東京へ出て その頃まだ青森では珍しかった車の整備の勉強をしたらしく、

戦後すぐから 弘前で自動車整備工場を営んでおりました。

軍や進駐軍、お役所などの特別な車の整備を引きうけていたようです。

当時は、車の引き取りに自分で東京への往復もやったとか。

私が覚えている工場や倉庫には変わった車、大きなキャタピラのついたブルドーザーなどが並んでいて、 そこに登って、かくれんぼなんか良くしていたものです。

何でもオバッチャを載せてサイドカーを走らせていたとか・・・

車の改造はお手のモノでしたから、ジープを改造して散水車を作って 趣味の畑で使ったりもしておりました。

 

そんな環境でしたから、私の両親も結構早くから車に乗っていて、

自分の好きなようにデザインして工場でラインを引いてもらったりしていたようです。

毎週のように通っていた母の実家ですから、 工員さん達のつなぎ姿や、オイルの匂いなど 私にはとても懐かしいものとして残っております。

残念なことに 後継ぎの叔父が早くに亡くなって、工場は閉めることになってしまいましたが・・・

私をとても可愛がってくれた背のとても高いおじさんで、小さかった私をいつもスポーツカーの助手席に乗せていろんな所へドライブしてくれたものです。

自動車へのこだわりが、なんだかずっと自分の中にあるような気がするのは、そんな幼いころの思い出のせいかもしれません。

 

 

 祖父が亡くなってもう大分経ちます。

頑固一徹、こわいオジッチャでしたが、車を愛した本物の男だったと思います。

 

私もこれで、クルマ屋の家族の一員として、ようやく仲間入りできたような気がしております。