今から20年近く前、ある人に魅了され、夢中になって追い掛けた。

たまたまつけたテレビで、その人は光り輝いていた。

居ても立ってもいられなくなり、次の日、友達を無理やり引き連れ、試合を観に行ったけれど、その日は控えで、その人は一度もコートに立たなかった。悔しかったなぁ~

でも、どうしてもその人のプレーが直接観たくて、所属しているチームのファンクラブに入って、試合のチケットを手に入れ、大雪で遅延続きの新幹線に揺られ、わくわくドキドキしながら試合会場に向かった。

初めての観戦で、しかもチーム応援席で、どうしたらいいのかも全くわからなかったけれど、やっぱりその人は光り輝いていて、ただひたすらその人を目で追い掛けた。

それからは、その人がそのチームを去るまで、全国各地を毎週飛び回り、逢いに行った。

チームを離れ、単身トルコに渡ったときも、毎週のように手紙を送り、現地に応援に行こうと手配を調えた途端、急に帰国することに。
あのときは焦ったなぁ~
でも、偶然にも旅行会社の方が以前バレーボール協会にいた方で、事情を話すとキャンセル料なしでキャンセルしてくださった。

それからは、紆余曲折ありつつも、年に数回逢える機会に恵まれ、いまだにいそいそと逢いに行く私。

その人に対する気持ちも20年の間に変化してはいるけれど、これも一つの愛の形なんだろうなぁと今更ながら思う。

長く追い掛けていると、認知もされ、話をしてもらえることもあるけれど、ただそれだけ。
見返りはなし。
…だからこそこんなに長く愛せているのかなとも思う。

コロナの影響で、もう3年近く逢えていないし、この先いつ逢えるかわからないけれど、いつまでも変わらず心の住人でいてほしい。









このブログを始めたのは、藤原季節さんがきっかけでした。

先日まで放送されていた「プリズム」を見て、彼の演技に惹かれ、検索をしてみたら、このLINE BLOGで彼のブログを見付けました。

最初から最後まで読ませていただき、
気取らずに思うままさらけ出して吐き出してみるのも自分を維持して生きていくためには必要なのかなと感じさせられ、今まで自分が書いてきたブログはどこまで自分のために生かせていたんだろうと考えさせられました。

今までのブログには、当たり障りのない日常の一コマを、何気なさを装い、シャボン玉のように一瞬で消えていくようなものばかりで、自分の心は置き去りにされたまま、いろんな感情が澱のように積もってしまっていたんじゃないか…

そんなふうに感じて、でも、やっぱり知っている人には知られたくないという小心者なので、知られていないところで少しずつ心の掃除ができたらと思い、このブログを始めることにしました。

長く生きてきて、先日初めて「適応障害による恐怖・緊張症状」という診断をされ、一月余り休養していました。

今まで、「竹を割ったような」とか、「天真爛漫」とか、「姉御肌」とか、いろんな陽のイメージで語られているうちに、知らず知らず陰の部分に蓋をして、窮屈な自分にも気付かず過ごしてきた結果なんだろうなと思いました。

なので、これから、ここで、上手く伝えようとか、分かってもらおうとか、そういうことも何も考えずに、それこそ徒然なるままに書いていこうと思います。

藤原季節さん、ありがとうございます。
この連休にまた台風が来るそうなので、行くなら今しかない!と、朝イチから映画を観に行ってきました。



いたわり合い思いやる心が優しくて哀しいお話でした。