このスマホカバーの写真は、この子が亡くなる五日前の写真。

その五日前の夜、急に歯茎からの出血が止まらず、救急病院に連れて行き、とりあえず止血剤の注射をしてもらった。

ところが、今度はその注射の痕から出血しだし、それから毎日、止血と検査のために病院に通った。

だけど、出血は一向に治まらず、出血から十日後、検査の結果が出る前に虹の橋を渡っていってしまった。

もう、あれから2年余りがたち、このカバーを作ったスマホも使い始めて4年になろうとしている。

最近では、100%充電しても一日もたなくなってきた。

新しい機種に変更しようかとも考えたけど、やっぱりこのスマホカバーを使っていたかったので、バッテリー交換をしてもらうことにした。

大好きな紫陽花をバックに最後のオスマシ顔のこの子とずっと一緒にいたいから、また次もバッテリー交換に行こう…なんて、早くも考えている。


☆☆☆追記☆☆☆

ちなみに、この紫陽花の花は、全部この子の棺の中に入れました。
お昼休みには、普通、頭を休ませるもんなんだろうけど、私は、これ。



毎日少しずつ解いて楽しんでます。

先日の「監察医朝顔」では、アルツハイマーを患って人が変わったようになった父親(つぐみちゃんにとっては祖父)との関り合いが焦点になっていた。

もう亡くなってしまったけど、うちの父親もアルツハイマーを患っていた。

最初は作話から始まり、そのうちに暴言が出だして、食道癌と心臓病を発症してからは、体が思うように動かなくなってイライラするのか、物を投げたり、叩いたりという暴力まで振るうようになった。

とても大柄な人だったので、トイレやお風呂など、小柄な母親の手には負えず、どうしようかと思い悩みだしたときに心臓の発作を起こし、入院することに。

入れられたICUでも、ベッドから下りたり徘徊したりして、看護師さんやお医者さんに随分迷惑をお掛けした。

そのときに、ケースワーカーさんから施設への入所を勧められ、紹介してもらった施設に入れてもらうことができた。

結局、入所から1年後に亡くなってしまったけれど、その間、二、三日に1度は洗濯物の入れ替えをしに車で私が通っていた。

私が行くと、いつも「お帰り」と迎えてくれて、帰るときには「仕事か?気を付けてな」と、状況の認識はできてはなかったけれど、亡くなるまで私のことはきちんと認識できていた。

あるとき、兄と一緒に父親のもとへ行ったとき、父親が兄に向かって「いつも娘がお世話になり、ありがとうございます」と挨拶をした。

そのときの兄の顔は今でも覚えている。

悲しかっただろうな…

母親を連れていったときはもっとひどかった。
母親が誰であるかさえ分からず、無視をして、顔すら見なかった。

寂しかっただろうな…

惚けるというのは、周りの人間が思うことであって、本人に自覚はない。

少なくとも、うちの父親は自分が惚けているとは全く思っていなかった。

元気なときはとても世話焼きで、人の嫌がるお役目でも進んで引き受けるような人だったから、今となっては自覚のなかったことが父親にとっては良いことだったとしみじみ思う。

老いは誰にも訪れてくるもの。
何とか惚けずに過ごせたらいいなと切に思う。



……昨日の映画にもあてられたかな。