断じてありません!

 

仮に日本の国民全員がワクチンを打ったとしても「これでコロナ前の日常が取り戻せる!」ということは絶対にありません。むしろ何だかんだ理由をつけて不自由な生活を強いるに決まっています。

私はワクチン反対論者ではありませんが(打ちたければどうぞ、打つも打たぬも自己責任でという考え)、もし「ワクチンを打てばコロナ前の日常に戻るから」と言う人がいたらワクチンを打つのを止めさせるかもしれません。あくまでもワクチンは自分を守るものであり、他人の幸せのために打つという考えには吐き気がします。

だって考えてみてください。今年の3月から高齢者を対象にワクチンの接種が始まりましたが、これで少しでも規制が緩みましたか?いいえ、緩むどころか“感染者”が大幅に増加したという理由で緊急事態宣言やまん延等防止措置が出っ放しになっていますよね?

こういう先例があると、仮にワクチンを日本の国民全員が打ったとしてもコロナ前の日常を取り戻す可能性はない、と結論せざるを得ません。だから打たないと決めたのであれば堂々と筋を通せば良いです。

 

参考までに、ここのコメントを見れば「私はワクチンを打ちません」という人が意外と多いのに驚かされます。

 

https://voice.charity/events/112

 

 

 

「打ちたければどうぞ」

 

私が言えるのはそれだけです。ワクチンは打つも打たぬも自己責任だと思います。

実際厚生労働省のサイトにも「接種は強制ではなく、あくまでご本人の意思に基づき接種を受けていただくものです」とあるので、決して強制ではありません。ちなみに地元の長久手市のサイトには「予防接種による感染症予防の効果と副反応のリスクの双方について理解した上で、自らの意志で接種を受けてください」とさらに踏み込んだことが書いてあります。

 

残念ながら国内外とも「感染者がめちゃくちゃ増えているぞ、さあワクチンを打て」一色であり、異論は一切認めないという空気が蔓延しています。実際GoogleがYouTubeの動画を75,000本以上のワクチンに関する誤情報が含まれるとされる動画を片っ端から削除しました。

 

ですがコメントを見ると、ちゃんと根拠を提示したのを含めた動画まで消したとあり、ワクチンに対する疑念は一切認めないというのがここにも表れているのかと思うと情けないです。

実は昨日(8月20日)に、Wikipediaの「報道におけるタブー」という記事の「新型コロナウイルス感染症に関係するタブー」という節が丸ごと消される、ということがありました。恐らく「コロナのワクチンの接種の強要」という一文が入っていたからでしょう。

 

ここまで書くとワクチン反対派に思われるかもしれないので再度私の考えを書きます。

 

ワクチンを打ちたければどうぞ打ってください。打つも打たぬも自己責任で。

結論を先に書きますが、私は人工知能を全く信じていません。特に人工知能をAIとか呼んでいるのを聞くと、虫酸が走るほど不快です。

私は人工知能は科学ではなくて一種のカルト宗教になっていないか?と思えてならないです。例えば2045年に人工知能が人間の知能を超える(シンギュラリティとやら言っていますよね)などと言っていますが、だいたい人工知能を開発バモイドオキ神と崇めて崇拝すること自体人間の知能なしにはできませんよね。そもそも横文字を使って人工知能を崇める持ち上げること自体、人工知能の胡散臭さを証明するもんだと思います。話は逸れますが「マニフェスト」だの「コンプライアンス」だの横文字を濫用する風潮自体が私は嫌です。

しかもテレビのニュースとかでは人工知能に対して礼賛一色で問題点はほとんど指摘しない、という時点で「異論は一切認めない」という人工知能絶対主義(全体主義とも)に陥っているように思います。

残念ながらカルト宗教同様人工知能にも狂信者がいるようで、以前Yahoo!ニュースのコメント(ヤフコメ)で人工知能は信用できないと書いたら人工知能信者に付きまとわれたことがあります。もっともその人工知能信者の違反報告を繰り返しYahoo!の運営にしたらアク禁にされたようですが。

 

まさかとは思いますが、人工知能信者にとってドラえもんは絶対神なんでしょうかね?もしそう考えているとしたら気持ち悪いです。