簡潔に言うと、

なんで、英語だと"coming"で日本語だと"行く"なのかという話。


まぁ、あの、その、そんな話になりまして、
いわゆるエクスタシー的な話でして、
こんなのネット上で世界にさらす話でもないのですが、
日米の文化の違いが面白いなと思ったのと、
いい回答があって感心したので、
書きたいなと思ったり。


まぁ、あの、そのいわゆるオーガズム的な話でして、

なんで、英語だと来るで日本語だと行くなのか、

しかもエクスタシーのエクスは語源的には外に出て行く接頭語なのに、

なんで来るなんだと思ったわけでして、


というわけで、そんな話を自分から振ってしまったわけで。

あー恥ずかしい。


ここまで書けば分かると思いますが、

そんな下世話な話です。こんな私が生きていてすみません。


さて、謝りきったところで、そんな話を始めます。


日本人としての私的には、自分の魂が外に出る感じ、

もしくはheavenに"行く"、というイメージで、

英語では、なんで逆にI'm comingなの?と。

来るんなら、where are you coming from?って思うわけ

(ここでアメリカ人の友人爆笑)、


という話の振りに答えてくれたOさんの回答で納得。

蛇足だけど、酔ってもいないのに

(お酒飲んでも本質的に酔えなくて客観視の私が背後にいる。

でもまぁ、酔っていたことにしてください)、

こんな話しているのに、自分に感心する。


結局、Oさん(男性)いわく、

二人の間のインタラクションということなので、

相手と一体化する、

つまりお互い、相手の方にcomeするということなんだ、

とのこと。


ちょー納得。

他の人にも聞いてみたいけど、仲良くないと聞けないよね、さすがに。

ま、実は、も一人、別の友人に聞いて、

その人からは納得のいく答えは出なかったので、

アメリカ人の総意というわけではないのかもしれないけど、

他のアメリカ人も納得しそうなOさんの回答です。


補足すると、

日本語なら行くよ、という場面で、英語だとcomeを使ったりします。

ちなみにcomeは、ジーニアス英和辞典によると

「〔他動詞bringに対応し,発話が行なわれた時点

または発話の中で示された時点にcomeの主語が話し手の所へ「来る」

または聞き手の所へ「行く」が本義(⇔go)〕」。


例えば、「うち来る?」と聞かれて、

日本語なら、行く、だけど、英語だと、I'm coming。
簡単に言えば、相手、つまり聞き手の方に行く場合はgoじゃなくてcome。


英語って、私、私、言う言語なのに、

この場合、相手の立場に立っているのが言葉の不思議なところ。


言葉は違っても、人間の本質って変わらない、

と、きれいにまとめたり。


ま、下世話な話なんですけど

(意味もなく、こぶしを天につきあげガッツポーズ)。