繊細さと大胆さを併せ持つ、唯一無二の歌声とメロディで人々の心を魅了し続けている米津玄師が、8月21日に6枚目となるニューアルバム「LOST CORNER」をリリースした。

今や日本を代表するアーティストとなった彼だが、

30代に突入してまた新たな気持ちで創作活動に向き合っているという。

アーティスト人生にとって大きな転機となったのが、



塚原あゆ子監督&脚本の野木亜紀子&プロデューサーの新井順子と初タッグを組んだドラマ「アンナチュラル」(2018)の主題歌「Lemon」。

そして宮崎駿(※「崎」は「たつさき」)監督が10年ぶりに挑んだ長編アニメーション『君たちはどう生きるか』(2023)の主題歌である「地球儀」。

宝物のような出会いを経て、

たどり着いた“今”。そして“これから”について胸の内を明かした。(成田おり枝)


「Lemon」で感じたポップスの限界

 2009年より“ハチ”名義でニコニコ動画へオリジナル曲を投稿し始め、

2012年からは本名で音楽活動をスタートさせた米津。

初めてドラマ主題歌を担当したのが「アンナチュラル」で、

死への喪失感とにじみ出る愛情までを歌い上げた「Lemon」はドラマの世界観を見事に映し出すだけでなく、

誰もが自分ごととして置き換えられるような1曲としてリスナーを鷲掴みにした。

日本人アーティストとして史上初のMV再生数8.6億回を突破するなど、今でも記録を更新し続けている。

 それ以降、「MIU404」(2020)では主題歌「感電」を。「アンナチュラル」&「MIU404」と同じ世界線で物語が展開するオリジナル映画『ラストマイル』にも主題歌「がらくた」を書き下ろすなど、

塚原&野木&新井による最強チームとタッグを重ねてきた。


米津は「『Lemon』は、自分のミュージシャンとしてのあり方がそれ以前と以降で大きく変わった曲。

『感電』にもまた新たな場所に連れて行ってもらった感覚があり、

『アンナチュラル』と『MIU404』、 

そして塚原監督、野木さん、新井さんとの出会いは、

本当に得難いものだったなと思っています」としみじみ。

『ラストマイル』にも参加し、 

「すばらしい作品に何度も出会えたことを誇りに思います」と感慨を語る。



名曲「Lemon」は米津の亡くなった祖父への思いまでを込めた1曲だが、

「あんなに広がるとは思っていなかった」と大ヒットは予想外のことだったという。

一体、「Lemon」によって彼の中にどのような変化があったのだろうか。

 米津は「とんでもない広がり方をしました。

それは半分事故のようなものというか、

こちら側とすると再現性もないので。

とても有機的な体験だったと思います」と率直な思いを口にし、「

同時にポップスの限界みたいなものも感じて。

たとえばカレーでも、

嫌いな人っているじゃないですか。

どれだけ広く届いたとしても、

みんなが知っている曲ということだけで『嫌いだ』という人もいる。

ヒットしたということは、『その中に入れない』人を生み出したことにもなりますよね。

ポップスってどこまで行ってもそういったものだなと思うんです。

誰かに曲を届けて、その人がどう感じるかというのは最終的にコントロールしようがないもの。

それをコントロールしようなんて、

高慢な考え方だなと思うんです。

そういったコントロールできないことに一喜一憂をしたところでどうしようもないので、

自分にとって大事だと思うものを死守し、 

それを深く見つめていった方がいいだろうという方向転換がありました」と自身の心と足元を見つめ直す機会になった様子だ。



『君たちはどう生きるか』主題歌は「最大級の誉」

 『君たちはどう生きるか』の主題歌「地球儀」は、宮崎監督との出会いから5年、 

制作期間4年を注いで完成した。

静かな曲調の中に生きていく希望の光がキラリと輝く楽曲は、

生と死が渾然一体となった不思議な世界に迷い込んだ主人公がたどる旅路を締めくくるにふさわしい1曲となった。

かねてより宮崎監督を敬愛していたという米津は、

『宮崎さんと向き合ってお話できる機会があるなんて思っていなかったし、あの体験は、走馬灯の一番最初に浮かんでくるものだろうなと思います」とにっこり。

 「子どもの頃からごく当たり前に、

宮崎さんの作った映画を観てきました。

漫画版の『風の谷のナウシカ』はエポックメイキングな体験をした作品です。

自分の中の大きな根っこの部分は、

すべて彼から得たものなのではないかと思うくらい」とあらゆる影響を受けてきたそうで、

「自分で音楽を作るようになってからは、

宮崎さんご自身に対する興味も高まりました。

ものすごい熱意を持って、

作品を作り続けてきた方。

決して宮崎さんと同じようにはできないけれど、やっぱりああいった熱意やひたむきさは絶対に忘れちゃいけないなと思います。

ドキュメンタリーや書籍を見返しては叱咤激励されたような気持ちになる。

北極星のような存在で、

宮崎さんを基軸に動いているようなところがあります」と並々ならぬ敬意を表し、

「『地球儀』を作れたことは、少なくとも今までの人生において最大級の誉」だと熱を込める。



さらに「おそらくこれ以上光栄なことはないだろうなと思うので、

あの体験を大事に抱えてやっていけたら、

もうそれでいいよなという気持ちになって」とほほ笑みながら、

「それ以前にはとても戻れないというか、むしろ原点回帰して、

子どものような無邪気な気持ちで音楽を作ろうという気持ちに至りました。

『LOST CORNER』に入っている曲も、

『地球儀』以降に作ったものはほとんど一人で作っています。

自分は最初から、パソコンとかマルチトラックレコーダーに打ち込んだりしながら一人で音楽をやっていたんですね。

その頃はとにかく楽しくて、ただただ『曲を作りたい』という気持ちで学校から急いで帰ってきたりして。

もう一度、そういう気持ちで音楽に向き合っていきたいなと思いました。『地球儀』を折り返し地点にして、

山を登って下りているようなイメージです」と話す。

「失くすために生

 音楽を通してたくさんのすばらしい出会いを果たしてきた米津。ニューアルバム「LOST CORNER」には、彼のあらゆる心象風景、今の思いまでが刻まれている。

 現在地について「30代になって、世間一般的に言えばまだ新米ですが、自分の考え方など、それなりに10代、20代で積み上げてきたもの、感じてきたものとは、ちょっと違う感覚になってきたところがあって」と切り出した米津は、「10代、20代は、自分の足りない部分をつぶさに見つめて、『こういうものがほしい。ああいうものがほしい。あれもこれもほしい』と何かを獲得していくために邁進しているような生き方だったように思います。でも30代になってくると、明確に立場も変わってくるし、時間の経過と共になくなっていくものもあって。それこそニコニコ動画がサイバー攻撃を受けて入れなくなったり、何が起きるかまったくわからない時代ですよね。今自分がいる環境も、決して当たり前ではない。物理的に失うものもあれば、場所として残っていたとしても、あの頃に見た景色じゃないなと感じるものもある」と巻き起こる変化について言及。


年齢を重ねていけばいくほど、どうしても失っていくものはどんどん大きくなってくる。獲得するものと喪失するものは、コインの裏と表のように切っても切れない関係性だと思います。それならばこれからは『失くしていく』という方に焦点を当てていく。なんなら『失くすために生きている』と言えるところもあって。それは決して悲観的な意味ではなく、より自由に、楽しく生きていくためには、失くしていかなければならないと思います。同時に失くならないものもあって、ずるずると引きずっていかなければならない。そういったものもすべてひっくるめて、『まあ、それはそれでいいんじゃない』という気持ちで生きられたら最高だなというところに、たどり着きました」という柔らかな笑顔には、豊かな包容力があふれている。喪失を大切なものとして受け止め、寄り添っていく彼の音楽が、これからもたくさんの人の心を照らしていくことだろう。

アルバム「LOST CORNER」は「がらくた」「地球儀」「M八七」「さよーならまたいつか!」「KICK BACK」など全20曲
「米津玄師 2025 TOUR / JUNK」開催
映画『ラストマイル』は8月23日より全国公開