昨年世界的な話題をさらい、

先日の百想芸術大賞での3部門受賞の快挙をはじめ、

韓国国内のドラマ賞を総なめにした「ムービング」。

同作と同じディズニープラスで5月15日より配信中のドラマシリーズ「サムシクおじさん」は、





渋い味わいを持つドラマシリーズとして「ムービング」とはまた異なる注目を集めている。

制作決定が報じられて以降、

自身のキャリア初のドラマ出演として、

主役の“サムシクおじさん”を演じるソン・ガンホに熱視線が集中していたが、

配信が始まると、サムシクが盛り立てようとする青年政治家キム・サンに扮したピョン・ヨハンの、

俳優としての力量に改めて気づかされる作品でもあった。




1950年代、朝鮮戦争の休戦を経て国を立て直そうとする激動の韓国社会で、

奨学生としてアメリカへ渡ったキム・サン。

内務省国家再建局の役人として韓国を産業に強い国家にすべく励んでいたが、

政治の力に阻まれてしまう。

そんななか、戦争中も毎日3食(サムシク)を人々に与えていたことから“サムシクおじさん”とあだ名される会社社長パク・ドゥチル(ソン・ガンホ)と出会い、

彼に「あなたと私は同じ夢を見ている」と手を組むことを持ちかけられる。




本作のオープニングは、1960年の首都防衛隊の極秘施設で、

サンが軍の尋問を受けているシーンだ。

“なぜ彼は軍に取り調べられているのか?”と

いう疑問が次第に明かされる叙法が視聴者を引き込む役割を果たしている。

同時に“サムシクとは何者だったのか?”と

いう問いもシンクロし、

視聴者をドラマの世界により深く誘い込むことになる。サンの口調は穏やかだが、

事の顛末を知る者だけが持つ語りの凄みが、

エンジンのように物語を駆動していく。

サンは常に、

サムシクへの懐疑と信頼で揺れている。

本作はブロマンスとしての側面もあるが、

こうしたサンの表情の揺らぎは、

尊敬や友情というものがあまり感じられない。

そこにあるのは愛であって、

そして愛だけが道を間違えてしまうものなのではないだろうか。





■向学心に燃える漁夫役でソル・ギョングと共演した『茲山魚譜-チャサンオボ-』イ・ジュニク監督作『茲山魚譜-チャサンオボ-』(19)でピョン・ヨハンが演じた青年・昌大は、

その性格からサンに通ずるものがある。

天主教(カトリック)が迫害されていた朝鮮時代、


邪教を信じた罪で天才学者でありながら都から遠く離れた黒山島へ島流しの憂き目に遭った丁若銓(ソル・ギョング)が、

素朴で温かな島民たちと出逢い、

未知の豊かな自然の中で庶民のための“海洋生物学書”を書き記そうと奮闘する映画だ。

昌大の父は両班だが、婚外子であるため正当な扱いを受けられない。

貧しい生活でも、向学心に燃える昌大は毎日書物に親しみ、

海に潜ることで得た生の知識を持ち合わせていた。

若銓は昌大に学問を教える代わりに“海洋生物学書”の編纂に携わるよう取引を誘われる。


『茲山魚譜-チャサンオボ-』(19)は、

虐げられたり苦痛を負わされた者たちが手を取り合い、

強大な存在に立ち向かっていくイ・ジュニク監督特有のヒューマニズムが過不足なく表現されている。

黒山島の豊穣な自然をモノクロームで捉えたルックはたしかに癒やされる雰囲気があり、

若銓と昌大の師弟関係に温かさもあるが、

昌大の顔には時折、

宗教弾圧に遭いながらも王の施政を明確に非難する若銓に対する、

尊敬だけではない複雑な心境が見え隠れする。

果たして若銓と昌大の道は、

昌大が父のツテで役人として登用されたことで永遠に別れてしまう。

昌大の顔に映る微細な陰りは、

そうした悲劇的な展開の予兆として見事に機能している。




■「ミセン-未生-」で表現した、

現実社会を生きる若者の苦悩韓国における2010年代最高のヒューマンドラマとの呼び声も高い「ミセン-未生-」で、

初めてピョン・ヨハンを知ったというファンも多いだろう。

将来を期待された天才棋士チャン・グレ(イム・シワン)が、

26歳で夢破れたのちに初めて社会人となり奮闘する等身大の姿が共感を呼んだ。

グレが入社する総合商社・ワンインターナショナル営業3課の上司オ課長(イ・ソンミン)やキム代理(キム・デヨン)との絆はもちろん、

女性社員だからという理不尽な理由でハラスメントを受けるアン・ヨンイン(カン・ソラ)、

冷徹なエリートゆえ、初めての挫折に直面するチャン・ベッキ(カン・ハヌル)といった同期の苦悩と成長もストーリーの核だ。



そのなかでピョン・ヨハン扮するハン・ソンニョルの物語は、

少々様相が違っている。

ソンニョルは社交的で口八丁手八丁、

要領の良さで当初はグレを利用しようとするが、

彼の真っ直ぐさにすぐ惚れ込み、

強引な愛情表現でグレを困惑させる可愛げもある青年だ。

ルックスも言動も軽薄だが、親戚代々現場一筋という叩き上げの職人スピリッツを受け継いだ内面は、

意外に硬派でもある。そんなソンニョルは、

配属された繊維1課で、

狡猾に立ち回る先輩社員の抑圧に苦しみ、

明るさを失ってしまう。

仲間たちが着実に階段をのぼっていくのをよそにソンニョルのパートはなかなかスカッとする展開を見せないため、

視聴者は明と暗で千変万化する彼の表情を固唾を呑んでじっと見守り続けることになる。



とうとう終盤で最大のリベンジのチャンスを得るものの、

悩んだ末に結局自らその機会を手放してしまう。

クリーンでない手段で相手を打ち負かしたところで、

何も痛快ではないと悟るからだ。ドラマの中では、

しばしば囲碁にまつわるキーワードや戦法が社会生活になぞらえるように登場する。

ソンニョルに必要だったのは、

“勝負の時を待つ”という戦い方だった。

長く苦しみながら人間的な成長を得る道のりは、

チャン・グレとはまた異なる深い感動をくれるという意味でもう一人の主人公だったのかもしれない。




■エモーショナルなアクションで魅せる!多面体な魅力を持つピョン・ヨハンだが、

特にドラマ「六龍が飛ぶ」以降は磨き上げた運動神経とフィジカルを活かしたアクション俳優としての評価が高い。

ゆえに韓国現代史をテーマにした重厚さがある「サムシクおじさん」でのピョン・ヨハンは、

現段階ではややおとなしすぎると感じられるかもしれない。そのうえで、

アクション俳優としての持ち味が全面に出ていたクライムサスペンス『声/姿なき犯罪者』(21)







のインタビューで「振り込め詐欺犯罪によって、

大切な人々が傷つけられたことの怒りを胸に秘め、

感情を全身に込めたアクションで表現した」と話していたことを思い出す。ただ強靭な肉体や派手な動きを追求したり、

または典型的な感情演技に頼るのではないから、ピョン・ヨハンのアクションは見る者の心を揺さぶる。



また「ミスター・サンシャイン」でかつて演じた、

資産家の青年キム・ヒソン役についてピョン・ヨハンは「表



向きは優しく笑うが本当の笑顔ではなく、お酒がないと眠れない気の毒な人」と明かしている。

こうした感情の機微こそがピョン・ヨハンの最大の武器であり、

地に足のついたアクション演技を支えているのではないだろうか。5月15日より韓国で公開中の『彼女が死んだ(原題)』も、

注目に値する。ピョン・ヨハンが独立映画の旗手として名声を得る出世作となった、SNSで繰り広げられる魔女狩りの真相を暴く

『ソーシャルフォビア』を想起させる現代的サスペンスで、

ピョン・ヨハンは客が預けた鍵でその家に入り、

他人の人生を盗み見る趣味を持つ公認仲介士ジョンテを演じる。



あるとき、SNSインフルエンサーのソラ(シン・ヘソン)への興味がエスカレートし、

ついに彼女の家まで押しかけてしまったところ、

ソラがソファーで死んでいるのを発見する。

本作にも激しいアクションシーンがあるそうだが、

撮影について問われると「アクションも実は感情シーン」と、やはり感情の発露として体を使い、

激しいアクションを生み出していることを明かしている。

社会派のテーマが好まれ、

珠玉のエンタテインメントを生み出してきた韓国コンテンツにあって、

「サムシクおじさん」はこれまであまり主題とされることのない1950年~1960年を取り上げている。

そうした舞台の新味はもちろんのこと、

ピョン・ヨハン演じるサンの表情がこれからどう変容し、

そこで2人の奇妙な共犯関係がどう着地するのか。

最後まで目が離せない。文/荒井 南