聴いた瞬間、音と言葉が体に自然に染み込みながら、

同時に“彼らしさ”を感じて深く記憶に残るのが、米津玄師の音楽の魅力ではないだろうか。

この4月に発表した「さよーならまたいつか!」に続き、

5月27日に「毎日」が2か月連続でリリースされる。

それぞれNHK連続テレビ小説の主題歌とCM曲と、毎日の生活でよく耳にする楽曲だ。

今回、米津本人のもとを訪れ、名曲ともいえる2つの新曲について、制作の裏側を聞いた。



“どうしようもない自分”を受け入れる
人の生き方が詰まっている気がする






──新曲「毎日」は、現在放送中のコーヒーブランド「ジョージア」のCMのために書き下ろした楽曲です。

昨年の「LADY」に続き、再びCM曲をつくることになったときの感想は?

去年CM曲のお話をいただくちょっと前から、

自分もコーヒーをよく飲むようになって、

ささやかな偶然の一致でしたが、

巡り合わせをなんか感じましたね。

続投させていただけることは、

自分が何かの役に立てたということだと思うので、うれしく思いますし、ありがたいことですね。

──今回の「毎日」は、どのようにつくっていきましたか?





今回のCMのキャッチコピーも去年と同じく「毎日って、けっこうドラマだ。」。

つくるもののテンションは基本的に同じだと思いつつ、“LADY 2”をつくってもしょうがいないので、別の表現を模索していて。

そうしたら自分の中で袋小路に入ってしまい、

いろいろ書いては「これは違うな」というのを何回か繰り返しているうちに、半分自暴自棄になって「俺、毎日何やってるんだろう」といった気持ちがふと湧いてきたんです。

窓を閉め切った部屋で、ずっとデスクの前に座って、遅々として進まない作業を目の前にして、「俺の人生、なんなんだろう」

「毎日毎日同じことの繰り返しで」って思ったときに、もうこれを曲にすればいいやと思って書き始めたんです。

ある種の魂の叫びでしたね。

その当時の感情を反映した、自分の中のリアルな”毎日感”をそのまま曲にした、という感じです。




──では歌詞の中には、米津さんの中から出てきたパーソナルな部分がけっこう投影されていますか?



自分を投影するという意味で言えば、

どの曲もそうだし、

どの曲も自分であり自分ではないんです。

歌詞って言葉なんで具体的な意味を持ちますけど、

それがそのまま実体験なのかと言われると別にそうでもないところもあるし、

実体験なところもある。

自分の中でも混濁しながらつくっていくうちに、納得がいく表現として歌詞や曲が出てくるという感じですね。

楽曲によってその割合はさまざまですが、

今回は頭の中にあった言葉の独白のような、

「毎日毎日毎日毎日 

僕は僕なりに頑張ってきたのに」という言葉をきっかけに、

ズルズルと引っ張り出した感覚があったので、

いつもより自分の生活に近い曲になったのかなと思いますね。






──「ズルズルと引っ張り出した感覚」とともにつくり上げたこの楽曲に、

「かなり個人的な思いが入っているな」と感じる部分はありましたか?



つくっているときは、ほぼ無意識に作ったのに近い感覚だったので、完成した後に、

偶然の一致みたいに符合する部分があるなと思ったくらい。

自分でも思ってもみなかったことが書いてあるなっていう、そういう感じにはなりましたね。

でもそれは、

30代に入って考えていたことが自然と出てきたのかもしれません。

「成長した部分とダメだった部分。

一切成長しなかった部分、

クリアできなかった部分が同時に存在することを自分の特性と割り切る。

割り切って、諦めがついて開き直るしかない。

そういうどうしようもなさを解消するためには、頑張ってもしょうがないけれど、

でも頑張るしかない」という、

身も蓋もない現実をどういう風に生きていけるかというようなことを考えてましたね。


誰もがそうだと思いますが、

歳を重ねるとともに日々の生活スタイルは変わってきて、明確な“区切り”を感じますよね。

例に違わず、自分にもその感覚が30代になって降りかかってきて。

人生ゲームみたいに幼年期、青年期、大人があって、区切りが終わるたびに司会者みたいな人が出てきて、「あなたのいままでの人生はこうでした。

学力はA、体力はC、所持金はこのくらいです。

では引き続きどうぞ」みたいな節目が挟まれる、みたいな感覚。






そこに来ると、俺はこういう方向に走ってきて、こう育ってきたんだと人生が明確になると同時に、

諦めざるを得ない部分もはっきりしてしまう。

自分は、ミュージシャンとして生きてきて、

幸いなことに幸福な音楽家人生を送れていて、

その一方で、

「いまの道を選んでなかったらどうだったんだろうか」とも思うんです。

俺はそもそも漫画家になりたかった人間で、

子供の頃から絵を描いていたけど、

ふと「音楽をつくってきた時間を、全部絵を描くことに当てていたら、もっと絵がうまかっただろうな」とも考える。

後悔というほど大袈裟ではないけど、

そこには

「もしこうしていたら、どうなっていたんだろう」という一抹の悔しさみたいな気持ちがあって。

もしこうだったらどうなんだろう、みたいな気持ちは年々増えてくる。

30歳を過ぎて”音楽力”はそれなりに高くなった。でも、”画力”はそれほどでもないという自分。

そんな現実を突きつけられたら、

どうしようもないし、

この先はウダウダ言わずに、

それを踏まえた上で自分なりに生きていくしかない。

そういった“どうしようもなさ”みたいなものが、結果的にこの曲にはけっこう詰まっているんじゃないかとは思いますね。



──そんなふうに、内側から溢れる言葉を紡いでいった「毎日」ですが、なかでも個人的にぐっときたフレーズは?



 一番気に入っているのは、

「月曜火曜水曜木曜金曜土曜日曜」ですね。

「ただ曜日を並べて言ってるだけじゃん」って。この“言っているだけ”であることに、いろいろな意味合いを持たすことに成功したような気がしていて。

自分の感覚の話なので伝わるかわかりませんが、文脈も含めてすごくよく書けたなって。

このフレーズを書けてすごくよかったと思っていますね。



聴く人にとっての“他者”である
自分を楽曲に載せたい








──歌詞に対して、曲はどのようにつくっていきましたか?



歌詞と同じく、つくっていったらこうなっていたという。レコーディングの時とかに“破れかぶれの空元気”をキーワードとして話していたんですけど、それも後付けというか、できあがったらそういう曲になったなという感じですね。「ジョージア」にフィットする朝っぽい曲としてなら適用できるんじゃないかと思っていたので、ちょうど良かったのかもしれません。

──すごく潔い明るさを感じました。一つのブランドや商品に寄り添うタイアップ曲の制作は、米津さんにどんな価値がありますか?

 例えば、新しい目線が手に入る、自分にないものを出せたなど、そういった経験はありますか?

毎回、その連続ですね。

基本的にはタイアップ曲をつくるときは、

自分とその作品の共通点を探していくところから始めるんです。

ちょうどベン図の重なる部分を探して、そこを取っ掛かりにつくっていくうちに、ベン図の重なる部分がどんどん広がっていく。その分、一曲をつくり終わった後は、新たな自分というか、いままでにはない新しい目線を持って生きられるようになる感じがあるんです。そもそも曲づくりがもたらす本質的な作用として、それまでの自分を解放して新しい自分になっていくっていうその連続ではありますね。

──すごく興味深い感覚ですね。今回もご自身がジャケットの絵を描かれていますが、これは歌詞に出てくる“ガンくれた猫”?

ということでもなくて…ジャケットに何を描こうか途方に暮れていたときに、スタッフの一人が、「この曲、『ねこふんじゃった』っぽいですね」と。その話がずっと頭に残っていて、これは猫を描くしかないなって、決めました。





──『ねこふんじゃった』から来ていたとは! 米津さんはこれまでもCM曲をたくさん手がけていますが、音楽の中でCM曲とはどんな存在ですか?



CM曲って、人の記憶に定着させる目的を持つ、すごくストイックな音楽だと思うんです。

そのストイックさがカッコいいと思うとともに、短くて15秒の中で目的を達成しないといけないという熾烈な戦いというか、いろんなものがあって、結構すごいことな気がしますよね。

自分はポップソングをつくっている人間なので、自分の音楽は“ポップなもの”であることがまず念頭にあるんでしょうね。それは、“普遍的なもの”とかいろんな表現ができると思うんですが、“無意識に覚えているもの”とか、なんなら“人間誰しもが生まれた瞬間から持ってるようなもの”とか、そういうものにいかに肉薄できるかが大事だと個人的には思うんです。

極端なまでに広告的なつくり方をすると──広告としてはいいのだけれども──

受け取る側から考えた時に“他者性”を得られない。

言い換えると、広告を突き詰めていくほどに、聴き手にとっての作り手=

 “他者”の存在をどんどん透明化させていってしまうっていう。

それこそテレビCMって、誰がつくったか知らないことが多いですよね。

ものすごくストイックである分、

やっぱりそこに他者が乗っかってこないっていうのがあって。

なので、自分はポップソングをつくりたいと思いながらも、

同時に自分という”他者”を楽曲に載せたいと思っているんです。

例えば人から見て、「何なのそれ?」みたいなこと。

そういうことを載せたいし、むしろ載せないことには、自分自身が納得できないし、

それが自分のポップソングのつくり方なので。

CMソングとして流れる一つの広告として、

世に届いているわけですけど、そこまで広告的にストイックになれない自分というのがいて。

“ポップなもの”と“他者性”の塩梅は、

結構大事にしているところかもしれないですね。



──広く受け入れられるようにつくることと、

作り手が込める思いのバランスのお話、

とても面白いです。米津さんの記憶に残っている、印象的なCMはありますか?



「布亀の救急箱」って知っていますか?

 東日本で流れてないですかね? 

子どもの頃、延々とテレビで流れていて、

少なくとも徳島県民は、

 100%歌えると思います。

あ、京都府出身のスタッフさんも歌えるみたいです。

記憶違いかもしれないけど、一度に3連続くらい流れるときもあったような…。曲も含めて、強烈に印象に残っていますね。




「さよーならまたいつか!」という
言葉は三人の人物に向けて書いた






──続いて、NHKの連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌として制作された「さよーならまたいつか!」についてお聞きします。

朝ドラの主題歌のオファーが来たときの感想を教えてください。

自分も朝ドラの曲を任せていただける立場になったのかという気持ちもあり、

あまり朝が似合う人間じゃないという自認があるので、本当に自分でいいのかと。

──オフィシャルコメントで「主人公の生きざまに思いをはせながら、男性である自分がどのようにお話に介入するか精査しつつ、

毎朝聞けるものと意気込んで作った」とおっしゃっています。どのように物語に寄り添いながら、曲をつくっていったのでしょうか?



『虎に翼』は、フェミニズムが根っこにある物語で。

フェミニズムは男性をすべて排除するものではないので、

自分がそこに介入するのも妥当性みたいなものがあるとは思うんですけど、

女性たちが中心となる話を男性の自分が歌うのはどういうことだろうと。

制作陣との打ち合わせで「男性である自分を選んでくれたのはなぜでしょうか」と尋ねたら、

「普遍的な音楽をつくり続けている人として、

米津さんなりに女性たちの物語を一歩離れたところから俯瞰的な目線で見て、

それを包み込むような曲をつくってほしい」という言葉をいただきました。






そのお話をもとにつくり始め、

いろいろと考えた結果、楽曲を客観的な目線でつくることが不可能だと、

個人的な結論にたどり着いたんです。

今回の場合、自分が客観的な目線でつくると、

少なくとも「頑張る君にエールを」という内容の楽曲にならざるを得ない感じがしたんです。

言ってしまえば、「あなたたちは頑張っていてすばらしい。

私はそれを応援しています」という内容になってしまう。

これは、ものすごく無責任な形だなと思ったんですよね。

外野から安穏と眺めているだけで、そこに当事者性を感じない。

客観的に女性という存在を眺めて、音楽を通してエールを贈るようにつくると、

自分の曲づくりの性質として、

対象に祈ってしまう気がしたんです。

女性をすごく神聖視するような形になる。

でも、神聖視することは軽視することと根っこでは一緒な気がするんですよね。

なので、それはそれで暴力的ではあるけれども、違う属性を持つ女性という存在と自分自身を同一視しながら、

主観的に表現していくことにしました。

他の人間がやればうまく客観視しながら、

その物語に曲をつくることができたかもしれないんで、自分がやったことが唯一正解だとは思わないですけどね。




──外から眺めているのではなく、自分の手触りを歌っているように感じました。

「主観的に表現していく」中で、タイトルであり歌詞にもなっている「さよーならまたいつか!」は誰かに向けて発している言葉なのでしょうか?

曲中に「さよーならまたいつか!」が3回出てくるんですが、意図としては3回とも発している対象が違うイメージで書きましたね。

過去、未来、現在っていう“人間の営みの連続性”っていうものを宿したかったので。



『虎に翼』は、およそ100年前に女性で初めて弁護士になった実際の人物をモデルにした物語。

その人がどれだけの薮をかき分け、道を舗装し、大きな功績を残したとはいえ、

現在も女性弁護士の割合は2割程度らしくて。

そこには依然として横たわる困難みたいなものがたぶんあると思うんです。

当時から比べて生きやすい時代になったとはいえ、

その社会の性質自体は変わってない部分は確かにあるから、いまの自分たちが次の時代のために道を舗装していく役割がある。

それは、100年前の人たちから受け取ったバトンであって、

それをまた知らぬ誰かに繋いでいかなければいけないことだと思うし、

そういう“人間の営みの連続性”というのは、

このドラマにおいてもすごく重要な要素の一つだろうなぁと思うので。





──なるほど。人がつなげる時代を表現しているんですね。曲はどのようにつくりましたか?

毎朝聴けるようにするために、

あまり肩肘を張らない、

よくも悪くもするっと流れていくような、

軽やかにさーっと通り抜けていけるような感じにしたかったですね。

イントロのピアノとストリングのスタッカートが織りなすメロディからまず着手したんですけど、小気味よく跳ねる四つ打ちで軽やかさを保ちながら、

リズムがしっかりと進んでいくようにつくることはかなり意識した部分かもしれないですね。

アイデア自体はすぐできて、

ある程度の形はすんなりできたのですが、

そこからレコーディングでピアノとストリングスのバランスを取るのがすごく難しくて、

最後まであがいた記憶があります。

結果、ピアノとストリングスのバランスはよくできたなと思っていて。

これがあったから、この曲全体の軽やかな印象につながった気がするので、このイントロできてよかったなと思いましたね。

──まさに、イントロが始まるとすごく清々しい気持ちになります。


コントロールできないものに
向き合う時間が曲づくりを楽しくする






──「KICK BACK」がアメリカレコード協会(RIAA)のゴールド認定を受けて、また同協会がその年に活躍したアーティストを総括する「RIAA Class of 2023」では史上初、そして唯一の日本人アーティストとして選出されました。また、ジブリ作品『君たちはどう生きるか』の主題歌として制作した「地球儀」が、米津玄師名義で100曲目を迎えました。ご自身の作品が世界の幅広い人に届いていること、そしてポップソングをつくりつづけることについて、どう考えていますか?




ポップソングをつくりたいと志している人間なので、いろいろな人に届いていることは、

もう誉としか言いようがない。たくさんの方に聴いていただくようになって関わる仕事も大きくなり、

すごく光栄で、刺激的な生活だと思うけど、思い返してみれば「音楽を始めたころの自分って、

別にそんなこと考えてなかったな」「これよくね、これ楽しくね」と。

最近は、原点回帰じゃないけど、

いい意味であまり真面目に考え込まずに、

軽やかにつくろうと考えています。

以前の気持ちに戻って、肩肘張らずに楽しく音楽に向き合っていくということを、

今一度幼稚園生になったような感覚でやっていきたいなと思っていて。

そういうマインドになってからは、楽曲をつくるのがすごく楽しい。この感覚でいけるところまでいきたいなと、いまは思っています。





──変に気張ることなく、軽やかに、目の前の音楽を楽しんでいくということですね。



コントロールできないものを無理にコントロールしようとしない、という感じに近いですね。

 あくまで感覚の話なので表現が難しいんですけど…、

俺の中で、精緻に積み上げられていて誰が見ても納得できるようなもの、

例えばすごくツルツルした球(たま)みたいに過不足なくうまく出来上がっているものに共感しづらいというか…。

もちろん、完全なまん丸で美しいと思うものもありますが、

そこには先ほど話したような、 

自分にとって大事な”他者性”を感じないんですよね。

自分のテリトリーの中で、自分がコントロールできる範囲の中でやることで、“他者性”が希薄になっていく気がして。



なので、自分が音楽をつくる上では、

うまくコントロールできない下手な部分をどこかに残しておきたいんです。

むしろ、下手でいなきゃいけない環境にずっといたいっていう感じがある。それが他者と向き合うってことだと思うんで、自分は。そうするうちは、いろんな他者と向き合えていることになると思っています。そういうコントロールできないものをいかに見つめて制作に取り組むことが、最近はすごく楽しいんです。

 


「毎日」
2024年5月27日リリース
配信リンク:https://smej.lnk.to/Mainichi

「さよーならまたいつか!」
デジタルシングル配信中
配信リンク:https://smej.lnk.to/Sayonaramataitsuka

米津玄師 KENSHI YONEZU

音楽家・イラストレーター。ハチ名義でボーカロイド楽曲をニコニコ動画に投稿し群を抜いた実績を残した後、2012年より米津玄師として活動を開始。

『Lemon』は国内外において音楽史に残る記録を刻み、

2020年アルバム『STRAY SHEEP』は200万枚セールスという記録を樹立。

プロデュース曲として、Foorin「パプリカ」、DAOKO「打上花火」、

菅田将暉「まちがいさがし」等。2022年は、「PlayStation」のCM曲に「POP SONG」、映画『シン・ウルトラマン』の主題歌に「M八七」、TVアニメ『チェンソーマン』オープニング・テーマとして「KICK BACK」を制作する。「KICK BACK」は、

2023年にアメリカレコード協会のゴールド認定を受け、

“日本語詞”楽曲として史上初の快挙を達成。 

同年、「ジョージア」のCM曲として「LADY」を、

『FINAL FANTASY XVI』のテーマソングとして「月を見ていた」、

そしてジブリ最新作の『君たちはどう生きるか』の主題歌として「地球儀」を書き下ろし、

米津玄師名義で100曲目を迎えた。

2024年は、NHK連続テレビ小説『虎に翼』の主題歌である「さよーならまたいつか!」を4月にリリース。

オフィシャルHP:http://reissuerecords.net/
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