休日にゆっくり本を読む午後がとても心地よく感じます。
今日は日本から持ってきた本の中の1冊、
『森の生活』ヘンリー・D・ソロー著
の中に書かれている言葉からなんとなく思った事を。
その本の中に、
”書物は…、読者を啓発し、励ましてくれるから…”
森の生活 P158より抜粋
という記載があって、
”書物”、”啓発”という言葉から、
自己啓発本っていうくくりの存在が不思議だな、と思ったんです。
小説であれ、化学や数学の本であれ、
全ては自己啓発本なんじゃないのか。
これが今の私が気づいた事。
本屋さんへ行き、とある小説を手にとって、それを読み切った。
そこに何らかの感想やオピニオンが湧いてくるのであれば、
それは自己が啓発された、と考えられるのではないか。
だとしたらさ、
小説だって自己啓発本になりえるな、と思うんですよ。
で、逆にいわゆる自己啓発本と言われている有名な本を読みきったとして、
特に感想もなく、そこに書かれていた情報が整理できなかったとしても、
その本当の相性やタイミングが違っただけかもしれないし、
「自己啓発本を読んでも私は何も変わらない…」
とか思う必要なんて全くないな、と思うんですよ。
本屋さんにどれだけの本が並んでいて、
確かにその時手にとった本はある種のご縁ではあるけれど、
その本から何かを必ず学ばなければいけない、という決まりなんてないし、
自己が啓発されなかったからといって、
それはイコール無意味ではないということ。
タイミングや相性、その時の”私”の状況
いろんなものが合わさって、
自己がどれだけ啓発されるのか、
どんな本によって
どんな部分が啓発されるのか、
それは一瞬で変わる。と思う。
だから、そもそも自己啓発本というくくりは
あってもいいけど、
なくても、問題ない。
そして、昔の私のように、
自己啓発本を読んでも何も変わらない、
そんな自分に腹が立つくらいなら、
一度全ての本を捨ててしまえばいい、とまで思います。
本を処分したら、
そこには必ず次のご縁が結ばれてくる。
”私”は常に、
目に見えるようにメッセージを送り続けてくれているから。
だから、
一瞬一瞬を創り出している”私”からのメッセージを
その時出会った本で受け取れなかったとしても、
また”私”はチャンスをくれるから。
だから、自己はどんな本でも、
”私”によって導かれた本であれば、
啓発されて学び、行動に変化が起きる。
あなたの自己啓発本はどれですか?
