昨日、会社の方達に、
今の家に設置した冷蔵庫とダイニングテーブルとIHヒーターを
引き取ってくれる誰かいないか、
って聞いたら、
みんなが喜んで引き取ってくれることになりました。
友達や知ってる人にだったら、
買い取ってもらわなくていい。
あの空間に
置いて出て行ってしまって、その後知らない誰かに使われるのなら、
引き取って欲しい。
そんなエゴさえも、みんな叶えてくれました。
みんなは無料でもらえるのなら引き取りに行く。
って気持ちなのかもしれませんが、
知ってる方達が喜んで引き取ってくれることに、
”私”はとても安心して喜んでいました。
”私”が創り出したものだもんね。
そんなことを感じながら安堵に浸っていたら、
『所有欲の変化』
という言葉がぽいっと出てきました。
インドにきてから、
家具を所有してみました。
そして買い物に行ったりしていろんなものをみても、
買うこともなく、もはや見る気にもならず。
以前こんな記事を書いていたんだけど、
インドで働いて生活してると
日本とは全く違う環境なんだけど、
住む家のレベルもこれまたすごい違いで。
サービスアパートに住んで、3食付き、掃除付き、洗濯は1枚10ルピーでアイロンまでしてくれる
そんな生活をするようになります。
そして、家探しのサイトにはいくつもの
家具リースのサイトがリンクされてて、
家具も買わなくていい時代。
私は所有欲が強くて、
なんでも 私のもの にしたかった。
だから冷蔵庫もダイニングテーブルも、
立派なものを買い揃えた。
だけど、結果は誰かに譲った。
物質世界の流れを見ると、
手に入れて、
満足してて、
でも抱えきれなくなって、
誰か、代わりに使って。
”私”は心地いい空間にしたくて
あの家に家具を置いたんだけど、
ダイニングテーブルを置いた最初の日、
涙が出るほど嬉しくてありがたかった気持ちも、
冷蔵庫で冷やした冷たいお水を飲む瞬間の
シャキッとする喜びも、
味わいたかったものを味わったから、
手放す時を迎えたんだろうな。
去年までは私がインドでダイニングテーブルを買って
こんな生活をするなんて想像もしてなかったし、
勿体無いって行ったらそれまでなんだけど、
”私”が大満足する経験を与えられたことは
とてつもない経験だよね、って思うのです。
そして”私”に、所有欲に対する変化が訪れた。
それは”私”のステージに変化が起きたから。
意識が変わった。また少し本質が見えた。
所有欲って言葉はなんか少し微妙だけど、
一度思いっきり所有してみてから
起こる変化、私のステージの変化は、
とても面白いものだと。
