(結局)滞在し続けているゲストハウスのすぐ近くには

ローカルなマーケットがあって、

昨日帰ってきてからそこの携帯屋さんに支払いに行ったんです。

んで屋台で夕飯を食べて帰ってきたんです。

 

んでね、ここ車の通りがすごく多くて、

道渡る時に次々くる車の間を渡らなきゃいけないんですよ。

 

大体の場合は渡ろうとする時に車がくると、多少手前で止まってくれるんです。

でも、今日は車が私にぶつかるんじゃないかくらいの近さまできて、

ドライバーを見たら

「Hi!」

みたいな笑顔なのポーンポーンポーン

 

いくらなんでも危なかったし、そんな運転するドライバーにムカつきましたし、思わずガン見したけど、

 

 

これってさ、観念なんだよね。

 

 

 

こんなところにも観念あったね。

 

 

日本が私の世界だったから、

数十年も生活してきた私の世界。

 

でも、今の私の目の前では、

日本ではない国が映し出されている。

私の世界だったはずの映像とは全く違う映像が映し出されていて、

私はその映像を五感を駆使して体感している。

 

 

目の前に起きる出来事って、

私が作り出したっていう説が有力になってきているじゃないですか。

私はそれ信じてるし、他の誰もがそうだと思ってる。

今こうやってインドにいる事を私は選んできたから。

 

それを前提に話をすると、

私たちは本来、全てを作り出す事ができる。

 

無限大なんだよね、私たち。

 

 

 

でも、物質世界で生活する中でフォーカスされるのは、

その、全てを作り出せるっていう事実ではなくて、どこの誰かが決めたのか分からない良い事悪い事。

いつのまにかデータとして刻まれているやつ。

その物差しを使って判断する事で、

自分の可能性に蓋してきてるんだよね。

 

無限大で今にも溢れそうなのに、というか本当はもう溢れてるのに、

無理やり蓋して。

 

 

蓋してる世界だって十分広いけど、

蓋をほんの少しずつずらしていったら、

とてつもない世界を映し出すんだろうなぁ、私。

 

 

また一つの観念、さようなら。

 

 

 

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