南にいた時は、あまり家族と連絡を取ってなかったんです。

連絡が来たら返すくらい。私からはほとんどしてなかったなー。

 

いっつも忘れてたの口笛

 

 

だから、余計な心配をされても困るから、

こちらに来てからは一応毎日メールする事にしたんです。

 

またここ数日忘れていますが…

 

 

毎日連絡するようになって、自分の気持ちが落ち着く時がある事も分かったので、

私にはまだまだ、家族が必要なんだな、と。

 

でも、「家族」だからって、全てを聞き入れる必要は全くないわけで。

 

 

母親がいい例なんです。

 

 

もちろん家の事をいろいろメールしたりしていたら、

心配ばかりするんです。

 

 

安全なエリアなのかとか。

セキュリティは大丈夫なのか。

日当たりはどうなのかとか。

私が住む家の入り口は、下の階に住む人と共用で(今はそこには誰も住んでない)、でも他は全て別。

南での経験もあるから、見るべき部分は見ているし、

そもそも安全じゃなければいくらきれいでも私はそんな家選ばない。

って言ってもね、質問してくるんですよ。心配なんでしょうねー。

 

 

それが母親、って昔からよく言うけど、

 

 

 

物質的には母親の体から生まれても、

存在としては別々の存在で、

決めてくる運命だって違ってる。

私はきっと生まれる前に、インドで生きて死ぬって決めてきてるからあの絵を書いたわけだし、今ここにいる。

だから、いくら外から心配されても私は私を貫くしか方法はなくて、

それをしたいって私が叫んだから私は家を出たんだよね。

 

 

 

母親にそれを分かって、っていうのは押し付けだし強要だからそんな事するつもりは全くないけど、

私は自分で決めるよ。

私の事は私にしか決められないから。

だから、「お母さんが心配するから」っていう理由では何も選ばないし、何もしないよ。

いくらいつも一緒に過ごしてた家族が言うことだって、私が「いらない、嫌だ」って言ったら、

シャットアウトするよ。

だって、私が言ってる事じゃないしね。

 

私以外の声は全て、”外”のものなんですよね。

それが全て不要かって言われるとそうじゃないけど。

でも、少なくとも、不要な物で溢れてる。

聞くのも自由。

取り入れるのも自由。

でも、

それと私の声をごちゃ混ぜにしない方がいい。

どれが本当かわからなくなって、また流れていく。望んでいない方に。

 

 

だから私は母よりも自分の感覚を信頼する。

それが本当の存在のアドバイスだから。

 

 

 

 

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