どこにいようが言葉を話せるやつは話せるし、話せないやつは話せない。
そこに年数は関係ない。
日本の学校教育で必須科目の英語を6年間やって18歳の時に話せないのは、言葉の認識が覚えるためのものの認識。
言葉っていうのは、
覚えないから話せないんじゃないんです。
話さないから話せないんです。
僕が夢先生で全国を回って質問する時と全く一緒で、手が上がらない中学生。
積極的になれません。
手をあげるのが苦手です。
周りが気になって仕方ありません。
もちろん中学生の気持ちはよくわかりますが、
社会に入って積極的になれません、自分を表現することが出来ません。
少しずつで良いんだって。
いきなり0から10を求めるから難しい。
少しの勇気を出さない限り永遠に時間は動かない。
言葉を話せるやつは積極的に話しかけるやつがほとんど。
話せないやつは日本人の中では話せる。
言葉の通じる世界では王様。
でも言葉の通じない世界では、失敗を恐れ、間違うことを恥ずかしいと思ってる。
それだと絶対に言葉は覚えられない。
英語は必須だと塾に習わしてるお父さんお母さん。
息子さん、娘さんがいざ外人に道を聞かれたら答えられると思いますか?
サッカーと全く一緒です。
ただ言葉の唯一違うこと、そして素晴らしいことが一つ。
言葉は常に本番です。
間違えば間違うほど、言葉は話せる。
要するに言葉が話せる人は今まで死ぬほど間違いまくって、恥ずかしい思いをしまくって、周りからゲラゲラ笑われたやつなんです。
そしてその道順は、子供が幼稚園、小学校、中学校に行くのと同じです。
"言葉の義務教育は失敗の積み重ね"
ノートに腐るほど単語を書いても言葉は話せない。
積極的に行かないと。
この前のレジェンドの講演。
あれだけ沢山の子供達から手が挙がる。
それは言い続けたから、親に背中を押されたのか、それはわかりません。
でもあの空気を出さないと、言葉は絶対に話せない。
覚えられるけど、話せない。
言葉の義務教育は話して、間違え、笑われて、そして自分のものにする。
vale?










