暴力と体罰。 | 次世代の若者達よ、世界を変えてやれ

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稲若健志オフィシャルブログ

今でこそ時代が変わり、体罰問題がクローズアップされていますが、昔は今でいう体罰がたくさんあった時代でした。










僕も高校時代、何度殴られたことでしょうか。










まあでもその時はそれが当たり前だったし、そういうものだと思っていました。










時代と言えばそれで終わり。












でも大人になってあることに気付いたんです。










これだけ子供達と関わっていて手を挙げる場面に出くわしたことが一度もないんですが、じゃあなんで手を挙げる大人がいるんだろう。











家庭でも息子がいうことを聞かないからぶん殴るお父さんもいますよね。










なんで手をあげるんですか?











多分ですが、こう答えるんじゃないでしょうか。











決まってます。親が息子に厳しくしないと誰がするんですか。











そしてこの言葉。












”愛のムチですよ。”











でもこれは違うんじゃないか。











実際に親が子供に手をあげるのは、ただ純粋にムカついたからだけなんじゃないかと。










愛のムチは、単に後づけの理由であって、殴るその瞬間は100パーセント怒りの感情。









普通に接していればもちろん手をあげることなんかありません。










でも言うことを聞かないから手が出る。それは愛のムチでもなんでもないんじゃないか。










でも昔は暴力や体罰=愛情の裏返しでしたよね?










  
その証拠に昔は息子が殴られて、親が学校にクレームなんかありえませんでした。










それどころか、うちの息子がすみませんと親から学校に謝罪してたくらい。











時代によって善悪というのは変化するんです。










そしてもっとスピードある直球を投げるとしたら、









子供は自分の鏡なので、










もし子供を殴る時に、その拳を鏡である自分に向けられるべきだと考えることが出来たら手なんかあげないのかもしれません。











絶対に子供の原因は親にある。












でももし自分がイジメられたり、辛いと思い我慢出来ないと感じたら、思いっきりぶちかましていいと思う。









それはまた別の話。










そこに我慢はいらないぞ真顔
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