無題2
パソコンは使っているとしばしば不具合を抱え込む。適切な処置を知らない、または面倒だからという理由で普段通り、あるいはだましだまし使い続けていると不具合が消えたように見える。元通りに使えるうちはすぐに不具合のことなんて忘れてしまうけど、一時的な症状に見える数々の不具合も積み重なっていくうちに軽微な損傷だったものが致命的な欠陥となってしまい、あるきっかけを境に急速に衰え、ついに動かなくなる。
僕のパソコンがそうだった。電源を入れてもすぐには起動しなくなってしまった。どうもOSが起動する以前の段階に抱え込んだ不具合があるようだ。ソフトウェアの異常なら、ハードディスクの記憶を消去させ、もう一度教え込んでやれば、何事もなかったように蘇生するが、ハードウェアの異常にはそれでは対処できない。正常な起動を促すためにリセットボタンをひたすら押し続けると、一回目で駄目でも二回三回のリセットの末には画面が立ち上がった。リセットを繰り返す日々が積もるにつれ、CPUやメモリーを動作チェックの途中で画面が固まるようになった。それを打開するのもリセットボタンだ。しまいには十回以上のリセットボタンを押さなければOSは起動しなかった。寿命かな、と僕は呟いていた。パソコンなんて買い換えれば済むものだ。僕はただリセットボタンを押し続けた。リセットボタンを押すたびにディスプレイに映し出される暗号めいた英語の羅列、これは何を意味しているのか。10年以上パソコンを触っているにも関わらず、未だに僕は知らなかった。正確には知ろうとしなかっただけなのかもしれない。パソコンを利用するだけならば、それは必ずしも重要ではなかった。
パソコンが不具合でも抱え込まない限り、黒い画面に浮かび上がる白い暗号にじっと向かい合う機会はないだろう。残念ながら僕はその機会に遭遇した。白い暗号には幾つかの項目とその内容が簡単に記されているようだが、僕には読み解けなかった。ただひとつ僕の目を捉えたのは、『26/11/2002』という日付だった。それを意識と呼んで差し支えないのなら、少なくとも何らかの形で彼はその日、世界を認識した。それから3年11ヶ月10日の間、インプットとアウトプットを繰り返しながら生きてきた。そして動かなくなった。
父に電話してパソコンの症状を説明すると、メモリーの故障が原因ではないか、と父は言った。しばらくしてメモリーが送られてきた。メモリーを差し替えるという蘇生術を試みることとなった。
僕は、購入から一度も開いたことのないパソコンの蓋を外した。古い廃墟のようなパソコンの内部、マザーボードは埃で薄汚れていた。狭いスペースに一杯に膨れ上がった自意識の重みにたわんだマザーボートを丁寧に探すと、薄い板状のメモリーを見つけた。留め金を外し、メモリーを引き抜く。新しいメモリーを差し込こむが、うまく噛み合わない。何度も外してははめ込もうとするのだが、ずれてしまう。一体なにに抵抗しようとしているのだろう。これが嵌らないければ、お前は死んでしまうというのに。それとも死んだっていいというのか。僕のしていることがわがままだと言うのならそれでもいい。
メモリーを挿し込み、元通りに蓋をしたパソコンに電源を入れた。ファンの重苦しい音がするだけで、リセットボタンを何度押しても二度とディスプレイに白い暗号が現れることはなかった。
「駄目だったよ」と僕は電話で父に話しかけた。
「そうか、駄目だったか」と父は呟いた。「しょうがないな、使っていないパソコンが一台あるから、今度持っていく。しばらく待ってくれ」
「ああ、すまないね」と僕は言った。
