昔、欧州の田舎の街を歩いていた時、急に差し込みが襲ってきた。やむなく、近所のカフェに走り込み、少し早いランチを注文して、店内のトイレに向かった。ところが、男子トイレの入り口には壊れているから閉鎖の文句が書かれてある。やむなく、別のトイレでもなかろうかと、マスターのところに駆け寄る。マスターは私の懇願を聞くと、面倒くさそうにあごをしゃくり「女性便所を使え」と命令口調で言った。「女性便所?」私は聞き返し、彼は「そうだ。」とうなずく。「マジ?」と私。「マジ」と彼。
そこで、私は便意を抑えながら内股のアヒル歩きで店内を横切り、女性便所に向かった。
閉ざされた空間の中、あの時の解放感と安堵。閉ざされた空間であるのに、なぜ便所は閉所恐怖症にならないのであろうか。静寂の中で一息ついていると、ノックの音。もともと嫌な予感はしていた。恐る恐るノックを返す。暫くたってまたノック。外の人も相当切迫しているのか。私もノックを返す。まだ事は終わっていない。やがて、せわしないノック。冷や汗を拭いながら、またノックを返した。ノックのインターバルが少しづつ差し迫ってくる。気の毒であるとは思うが、こちらも義務の遂行中だった。間断ないノックになった頃、私は漸く腰をあげて、便所の外に出た、驚いた。行列が出来ていた。女性全員が咎めるように私を見ている。中には、シスターも交じっていた。入れ替わり入ったおばさんは、扉を閉めてうめき声を上げた。多分悪臭。「ソーリー。」と思わず私は呟く。何であろうか。講演会などで随分聴衆の意に反する発言をして咎める眼差しを浴びたことはあるが、あの時の数人の女性群が投げかける刺すような視線には到底かなうまい。
店を出るとき、私は店主に弱弱しく抗議をした。「女性がトイレにたくさん押し寄せたぞ。」
彼は肩をすくめて「そりゃそうさ。女性便所だからな。」