インナーゴルフ?
嘗て「インナーテニス」というテニスの理論が提唱されたことがあります(W.T.ガルウェイ著 インナーテニス 後藤新哉訳 日刊スポーツ出版社 1978)。テニスの場合プレーヤーが失敗する時、自分自身の中で文句を言う自分(セルフ1;人間の知的、感情的部分)が何も言えない(セルフ2)を罵る(ののしる)のを止めて、セルフ2の自然な上達能力に任せようと言うものです。
ガルウェイはこの見方をゴルフの場合に応用して、「インナーゴルフ」の理論を提案しています(W.T.ガルウェイ著 インナーテニス 後藤新哉訳 日刊スポーツ出版社 1982)。これによればセルフ1は自我(感情、思考、意識部分)であり、セルフ2は筋肉、神経を含めた自分の肉体部分であり、無意識的部分と言ってもいい、と説明しています。
その上でいざプレーをする場面では、意識というメンタルな部分を捨てて、すべてをセルフ2の無意識部分に任せてしまうのがよいと言っています。これを読むと、ゴルフ仲間でしばしば言われるゴルフはメンタルなゲームであるなどという話は無意味ということになります。
しかしここで大問題があります。筋肉、神経を含めた自分の肉体部分からなるセルフ2が、果たして自然な上達能力を持つでしょうか。こう考えるとゴルフでメンタルな部分を問題にする人は、複雑な筋群を適当に制御することで始めてゴルフの技(わざ)が仕上がるという事実を理解していないことが分かります。
名手中村寅吉氏が、スイングあるいはパッティングのの際呼吸法についてまでも詳しく述べていることは既に見たとおりです。妙な精神主義はゴルフでは禁物です。あのタイガー・ウッズさえ、ハンク・ヘイニーをコーチとして技の改善に努めていることを見るべきです。
ガルウェイはこの見方をゴルフの場合に応用して、「インナーゴルフ」の理論を提案しています(W.T.ガルウェイ著 インナーテニス 後藤新哉訳 日刊スポーツ出版社 1982)。これによればセルフ1は自我(感情、思考、意識部分)であり、セルフ2は筋肉、神経を含めた自分の肉体部分であり、無意識的部分と言ってもいい、と説明しています。
その上でいざプレーをする場面では、意識というメンタルな部分を捨てて、すべてをセルフ2の無意識部分に任せてしまうのがよいと言っています。これを読むと、ゴルフ仲間でしばしば言われるゴルフはメンタルなゲームであるなどという話は無意味ということになります。
しかしここで大問題があります。筋肉、神経を含めた自分の肉体部分からなるセルフ2が、果たして自然な上達能力を持つでしょうか。こう考えるとゴルフでメンタルな部分を問題にする人は、複雑な筋群を適当に制御することで始めてゴルフの技(わざ)が仕上がるという事実を理解していないことが分かります。
名手中村寅吉氏が、スイングあるいはパッティングのの際呼吸法についてまでも詳しく述べていることは既に見たとおりです。妙な精神主義はゴルフでは禁物です。あのタイガー・ウッズさえ、ハンク・ヘイニーをコーチとして技の改善に努めていることを見るべきです。