聞く、読む、書くの役割
ゴルファーの皆さんは、テレビの解説者の話を聞いたり上手な人の話を聞いたりして、上手くなろうとします。これはいわゆる「耳学問」の段階で、もう一歩進むとゴルフの本や雑誌でスイングの動きについて学ぼうとします。「耳学問」に対比すれば、「目学問」と言える段階です。
もう一段進むと、スイングの経験を書き留めてみるようになります。ベン・ホーガンの「モダン・ゴルフ」の最終章には、やろうとしていたことと、その結果がどうなったかを、練習後に書きとめておくと役に立った、という図入りの説明があります。書いてみて始めて詳しいことが分かり、記憶にも残ります。これは手を使う、いわば「手学問」の段階になります。
何事によらず、教えられるだけの「耳学問」では大したことはなく、自分で本を読む「目学問」に進みます。しかし目や耳で覚えた知識だけでは実用にはならず、手を動かしてみて初めて自分のものになります。スイングの場合はクラブを振れば手を使います。しかしそれだけでは不足で、「耳学問」、「目学問」、「手学問」と、自分の頭を全面的に使うわけです。
「見ざる 言わざる 聞かざる」の正反対に、目も耳も使い、口で言う代わりに手を使うわけです。聞きたくなくても耳は聞こえますが、見る気がなくては、物は見えません。しかし、手を使って始めて外の世界との繋がりが分かります。頭を活き活きと使うには手を使う必要があります。
スイングを見ても、人による様々な違いが目に付きます。しかし優れたプロのスイングには、ほぼ共通な特徴があります。その一つのは、インパクトでのいわゆるステイ・ビハインドの(ボールから遠ざかるように頭を残す)動きです。しかし、ステイ・ビハインドの動きを見て真似をしてみても、これだけでは役には立ちません。
目で見て頭が後ろに残っても、それだけではダウンスイングの動きが良いとは限らないわけです。そこで、スイング中のグリップの動きを詳しく検討すると、望ましいステイ・ビハインドこの動きを生む体の動きが分かります(「インパクト圏で腕を引く動き;続き」(07-08-11))。「耳学問」も「目学問」も役に立たず、「手学問」だけが役に立つ例です。
実際に、ゴルフのスイングでは、手の動きから世界が見えて来るのです。これについては次回に書きます。
もう一段進むと、スイングの経験を書き留めてみるようになります。ベン・ホーガンの「モダン・ゴルフ」の最終章には、やろうとしていたことと、その結果がどうなったかを、練習後に書きとめておくと役に立った、という図入りの説明があります。書いてみて始めて詳しいことが分かり、記憶にも残ります。これは手を使う、いわば「手学問」の段階になります。
何事によらず、教えられるだけの「耳学問」では大したことはなく、自分で本を読む「目学問」に進みます。しかし目や耳で覚えた知識だけでは実用にはならず、手を動かしてみて初めて自分のものになります。スイングの場合はクラブを振れば手を使います。しかしそれだけでは不足で、「耳学問」、「目学問」、「手学問」と、自分の頭を全面的に使うわけです。
「見ざる 言わざる 聞かざる」の正反対に、目も耳も使い、口で言う代わりに手を使うわけです。聞きたくなくても耳は聞こえますが、見る気がなくては、物は見えません。しかし、手を使って始めて外の世界との繋がりが分かります。頭を活き活きと使うには手を使う必要があります。
スイングを見ても、人による様々な違いが目に付きます。しかし優れたプロのスイングには、ほぼ共通な特徴があります。その一つのは、インパクトでのいわゆるステイ・ビハインドの(ボールから遠ざかるように頭を残す)動きです。しかし、ステイ・ビハインドの動きを見て真似をしてみても、これだけでは役には立ちません。
目で見て頭が後ろに残っても、それだけではダウンスイングの動きが良いとは限らないわけです。そこで、スイング中のグリップの動きを詳しく検討すると、望ましいステイ・ビハインドこの動きを生む体の動きが分かります(「インパクト圏で腕を引く動き;続き」(07-08-11))。「耳学問」も「目学問」も役に立たず、「手学問」だけが役に立つ例です。
実際に、ゴルフのスイングでは、手の動きから世界が見えて来るのです。これについては次回に書きます。