私が10年ぐらい前から好きな作家の
「童門冬二」

歴史上の人物の人柄や行いを
「宣伝術」や「人望力」として
紹介している

今日ご紹介するのは本
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「人望力」の条件 歴史人物に学ぶ「なぜ、人がついていくか」 (講談社プラスアルファ文庫)/講談社

¥842
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↑この本の中の
第1章「人間通ー人を見きわめる、人を動かす」の
第2節に「怒らずに叱る」がある

この節では
黒田如水、徳川家康、秋元喬知(たかとも)といった
人物らがどういった「叱りかた」をしたのかが
書かれていて

どの人物をとっても流石歴史上、名を馳せただけの
独特の「心配り」がうかがえる
これには感心して私も唸りが出たアップ

これらの人物がどうしたのかは
興味があれば、是非本を読んでいただく事にして
前置きにこう書かれているメモ

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むずかしいのは
「叱る」と「怒る」の差をどうつけるかだ

自分が叱っているのに
相手はちっとも分かってくれないと嘆く人が多い

この場合は叱っているのでなく
「怒っている」からだプンプンドンッ
では、どう違うのか?

叱るー相手に愛情を持って潜んでいる
可能性を引き出そうという気持ちを込め
厳しい態度で望むこと

怒るー相手に悪感情をもって、憎しみや
怒りの感情を露骨に表して相手に厳しく
迫ること

(この場合、相手の可能性を引き出すよりも
むしろ自分の感情発散と一種の自己満足を得る
ことを目的としている)

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うん、分かるyoビックリマーク
出来るか出来ないかは別にして叫び

要は相手主体に「叱る」か
自分主体に相手に「怒る」か

子どもがいるからよ~く分かるグッド!
職場でも日常的にあることだろう

こっちが怒ってるとしたら
相手は子どもでも、人間性を見下されるダウン

もはや「伝えたいこと」でなく
「怒りの感情」のみが伝わり
「何か怒ってるから分かったフリしとけ」的DASH!

「あーハイハイ、すいませーん」
これじゃあ
いつまで経っても伝わらないドクロ