ミロスの縁より


陰陽二相一対の理


意識と無意識のはたらき


古代イスラエルと日本 そのDNA


鏡は あなたと私を映す 即ち自分


極と極は 反対ではない 一対の相対したもの


ゼロという 空間のはたらき


人とは 神と人間が合わさったもの



創造主は おのれを知るために アダムとイヴを創られた


創造主は 一つのものを二つに分けた


相対する一対のものから どのようなパワー・エネルギーが生まれるのか


それを創造主は 男と女に分けて知ろうとした


その愛の力を・・・


そして今 ミロスは創造主と相対する一対のものとして


ある一組の夫婦は 世に出した


ミロスは奏でる 


その調べは 絶対安心へといざなう・・・ 


 





自分とは・・・何か


自分とは 自ら分けたものである


この真理を 約500年前に 発見した人物がいた


この人物は 自分という文字をつくった


そして ひらがな カタカナをもつくった


500年前以前の歴史を 膨大なる量をもって 物語に著した


それらは この次元の超えたものとして 真実と幻想が併さっている


自分を知るためは 鏡を必要とした


鏡は 内なる自分と 外なる自分を 映し出す


そう 自ら分けているものが 映っている


私のことを自分と言えば あなたのことを自分とも言う


すべては 


自分とは 何者なのかを知ることであり


自分とは どこから生まれて どこへ行くかの作業


それは


自ら分けたものを 知るというこであり


自ら分けたものと 一体化するというこである


これが 神と私を一体化した 姿となる


この姿こそ


永遠の光


永遠の生命


さすれば 後生の一大事と 自ら分けたものを 知らなければならない


自ら 男として生まれた


自ら 女として生まれた


男で生まれたならば 自ら分けた女がいる


女で生まれたならば 自ら分けた男がいる


内なるものと 外なるものは 合体しなければならない


陰陽は 合わさってこそ エネルギーを発する


陰の中にある陰陽 陽の中にある陰陽


陰陽の対消滅から 発するものである


それは この次元の愛でも恋でもない


男は女を観て 女は男を観て


そのパートナーから


自分を知ったとき この次元の愛を超えた愛へ向かう


人と神が 合わさった瞬間である


そこに ミロスの愛がある


何ものも 妨げることのない 至福の瞬間


永遠の 生命と光は 発動する









私がメンバーになっているところでは、たくさんの方が変容されて、まるで宇宙人のようである。


先だって兄夫婦宅に、10人ほどの仲間が集まり、宇宙遊泳を楽しむかのような話で、湧き上がった。


そして私は、地上2~3mを自由に飛べる夢を見た。


大変な快感を味わえた。


とは言っても、日常に特別なことはなく、たんたんとしている。


私はYOUTUBUにて、よく音楽を聴く。


ミレイユマチューと言うフランスのポップス・シャンソン歌手の動画を、次々とクリックしていくと、37年前、初めてFMラジオで流れた、邦題「オペラ座の想い出で」に、めぐり合えた。


37年前、めちゃくちゃ感動したのを覚えている。


社会人になったら、オーディオを揃えて、レコードを買おうと決めたが、レコードは、廃盤になっていた。


それが37年ぶりに、聴けた。


ステレオで聴くと、すごい迫力だろう・・と思った。


メロディ・構成・音楽性、ミレイユにぴったりである。


湧き上がってくる声、天を貫くような音域、世界に響きわたるかの声量、まったくもってすごいの一語だ。


しかしこの曲、ヒットしていなかったんだろう。録音は一枚のレコードのみのようだ。


どのCDにも、入ってないようである。


動画を見て感じた。


世間と私の好みに、随分とズレがある。


まずシャンソン系は、まったく聴かない。


ミゥージカル系、ラテン風も聴かない。


他人のヒットしたのを、かなり歌っているが、私の好みに合わない。


ドイツ語の歌は、ほとんどポップス系で、大変心地よい。


動画では、聴きたくないものが、8割を占めている。


よくもこれだけ好みでないものが、いっぱいあるのには、感心してしまう。


好きな曲がいっぱいあるのに、動画では、それがない。


好みでないのが、8割以上占めている。


何せ1000曲以上、レコーディングしていると、そうなりますな。


あたりまえと言えば、あたりまえだ。


しかしながら、圧倒的な歌唱力の持ち主。


オカッパヘアーに、ネックレス・イヤリングもほとんどなしで、約50年近く歌ってきた。


ヨーロッパでは超大物だが、飾らない歌手だ。


すごく質素・倹約に見えた。


ほとんど会社の言いなりに、歌ってきたようです。


貧乏から反転、派手な生活とはならなかった。


恋愛もなかったという。


歌と結婚したという。


歌うためだけに、生まれてきたのだろうか。


しかし、ミレイユのお陰で、典型的な貧乏子沢山の家庭は、お金に困らなくなったのだろう。


本日は、37年ぶりに「オペラ座の想い出」を聴け、ドイツ語で歌う素敵な曲も、いっぱい聴けた。


その喜びに、歓喜したことの感謝を捧げます。