今、窓をひとつ、閉めてきました



寒いんですよ


昨年の7月にエアコン買い、それから2回しか使用していません


今年はリモコンにも触ってない始末



エアコンなしの家で育ち


その後日本のあちこちに引越しましたが、エアコンいらなかったなぁ


去年購入に至ったモチベーションも、


「この人今どきエアコンなしで暮らしているってやばくね?」

と、ヒソヒソされるのを逃れるための、一般人になるカモフラージュです


でもね、会社ではエアコン入ってますしエアコンがないと生きていけないように思いますが


だから、なぜかと考えました


私は低体温なんだろうか、また、育った環境から気温に対して体温を調整する機能が人より活発なのか


たぶんね、そういう理由もあるでしょうけど


沖縄でも北海道でも生活していたのに


なぜだ!


なぜだわたし!


どーしてエアコン要らないの?おかしいー、人として!


クーラーつけてもないのに窓閉めるって・・・8月も半ばに・・・



で、答えがわかりました


なんと単純なことに見え、相当頑固につらぬいてきた、あえて意識しない自分的常識を再認識しましたね


理由が見つかってホッとしました


理由は部屋です


部屋の向き、窓の位置、大きさ、部屋の作り、そして外の建築環境


これらはあえて言うまでもないくらいの絶対的な第一条件です


第一条件とは、これらをふまえて当たり前の上で、次に出てくるようなものです


きっとこれなんだ


窓を開けると、


ひゅるぅ~りと、風が、遊びに来た子供のように、部屋に流れこみます


滞っていた空気さえも、「ああやられた」といって気持ちよさそうに、一瞬で昇華されます


風の吹き抜けない家に住んだことはありません











心配なんかしてないけどさ、・・・と私はいつも思っている

高慢な身振りそぶりも、私の前では、だだっこがジダンダ踏みふみ、になる

「どうして、わたしーたちぃ、わるいですか」

中国人研修生は、

まったくわからない、という顔でわたしにせまる


心配はしていない、彼らの考えはビリヤードで突かれて飛び散るときの球のように、

スコーンと、想定外に自由に増殖している

もっと言うと、好き勝手気ままに、もっともっと言うと、自分勝手ごーまんコンニャロウに


彼らがマレーシア人の家に行き、いつものように騒いで、騒ぎが始まった

協調性のあるマレーシア人は、同じアパートに住む日本人に迷惑だからカンベンしてくれぇこの外国人!と思い

だんだんと中国人達がうとましくなった

うるさいことは、ここ日本ではよくないことになっている


「わたしはー、ここ最近、仕事中、話していない!」

事態はわかっていた

話をしていない、ではなくて、話してもらえない、という初めての現状を突きつけられている

仕事の一切を教えてもらって世話になったマレーシア人からの三行半

「うるさいんだよ」

「どうして?うるさくないっ!ちゅーごくでは(大きな声で喋らないと)(往復平手打ちのゼスチャーをして)これだよ!」

「ここはニッポンだよ」

「・・・・わかってる」


心配していないけど、ここまで四面楚歌にわざわざせっせと、環境作りしてしまうとはおもわなかった

「わかってる」

そう言った語調は心を読まなくても、寂しげで、こまる


中国人は、なぜ日本を目指すのだろう

お金をつかむ前に、文化の壁を理解する、ということを認識する、ということを、理解してもらえないかな





鏡を見る


ふけてきたな・・・なんだこりゃ、肉が落ちてきてるよねぇ・・・・シワがー!焦るー!


!!!!


と、そんなことじゃなくて!


誰にでも起こることに、気をもんでいても仕方ないと思いませんか!?


今日、言いたいことは


芸能人でも有名人でも、凄いなと思う人に、何故に惹かれるかというと、



その人が、いくら親しみやすいからといって、長年尊敬は続きません


その人が、いくらかっこいいからといって、長年リピートはしません


その人が、いくら技術があるからといっても、それだけでは飽きてしまいます


(歌手のコウダクミさんは私の中のいまだに謎の人物です)


やっぱり憧れる、という人は、どこか凡人では出ないような 考えや心の持ちようを

持っている人です


(コウダクミさんは、親しみやすくて楽しい人なんだとはわかりますが、

彼女の文化性やアイデンティティを見たことがないのです、誰かわかるひとがいたら教えてください)


親しみやすい・親切・丁寧、これらは実はだれにでもできることです プロは当たり前だと言います


イケメン・若い・○○風な感じ・かわいい・細マッチョ・グラマー、これも、誰でも、できることです


(コウダクミさんはエロカッコイイを売ってましたが、これもやろうと思えば誰でもできる分野です)



自分の才能を磨く追求のためだけの人生が、本当の高い感性だと思います


身がらにじみ出てくるものは、まったくごまかしがききません


一般人なら、文句はないです


クリエイティブの、はしくれでもいい、表現することを職にする人は、気概が大事です



で、今日、私は何を焦っているのかというと、

思った文章が書けない、ということです










Dreamin’11

昨夜・・・

もう、昨昨夜かな、


NHKで矢沢永吉氏が歌っていました


この前のスマップの番組にも出ていたし


共通して言えることは

「このひとは 深く、温かい 人だったんだな」


スマップに話す言葉たち

NHKで若者に話した考えのいくつか


私もしっている何者かよくわからん永ちゃんとは別ものでした


苦労を乗り越えてきた人は、違うんだな、と思いました


偉大な人ほど頭を垂れるというのは本当だったんだな、と



いえ、今までもこの方がそういう人だというのは知っていましたが


なぜか 最近、やけに身にしみる


わたしが、やっと永ちゃんをわかる歳になったってことかな?


でも、カメラが回って「矢沢永吉!」というワールドになると、


なぜかSK-Ⅱの桃井かおりのような口調に(もしかしたら桃井さんのほうが永ちゃんを真似てるのかもしれないけど)なって


アーティストの顔に戻りました



なんなの?なんなの?


パセオラの風が、吹いてきましたよ・・・・・!


もう何年間も、間違い電話がかかってきています



兵庫県の、子供からよくかかってきます


母親あての留守録が、


はるか関東に居る全く関係ないわたしに、届いているのです


最初は無視したり、電話に出て「間違いだよ」と言いましたが


もう、ほっといてあります


あきらかに小学校1年生かそれ以下あたりの男の子です


昨日も、仕事の休憩時に、間違いの留守録が届いていました


「お母さん・・・・・!


あんな・・・・・


あの・・・・・あれ・・・・・・。


んっと・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・。


テレビのなー・・・・・


あの録画して見るやつが・・・・・


みれへん!・・・・・・・


なんでか。・・・・・


ほんまに・・・・・。


しらんけど・・・・・・。


きのうから・・・・・。なんかな、ほんまに。」




だ、そうです。

きのうから、ってところが気になりますね。

母親は帰宅していないということでしょうか?


それにしても、この話し口調。

きっと母親もこういう話し方をしているんでしょうね

「しらんけど・・・」

と言うあたり、ひんぱんに適当な会話をしているのでしょうか

子供は親の言う言葉を真似しますからね



今朝


病み上がり気分満載で出社いたしますと


いつものように現れる 中国人研修生3人


毎日、日記を書かせているから 毎朝、提出しにくるけど


「せんせー、ハッピーバースデー!」


と、次々にいろんなものを渡してくれた


え え え  え   え   えーーーーーっ!?




・・・・・

写真はまた載せます

私は、久しぶりに感動で泣きそうになりました

生の、

リアルな、

感動です


信じられません


1人は、手づくりの肉まんです


信じられません


こうやって

いがみあってやりあっていた人間は

ぽろぽろと、そして時にガッシャーンと・・・

角がとれて丸くなっていくのですよね


なぜ泣けなかったというと

感動の気持ちより

自分の小ささを瞬時に省みさせられたことのほうが

大きかったからです




熱ですよ


熱、出るなぁと思ったら 

ほんとに熱あるの!

なんて誕生日・・・終わっちゃった・・・


誕生日に思うことは、友達なり、知人なり、

相手が

どれだけ自分のこと思ってくれてるかって わかるね


メールの一本でも、もらうと気持ちが変わるもん

情けなかったからかもしれないけど

やっぱり、うれしい


それに、もうこんなオトナだから

「わざわざ、誕生日なんてね」

という風潮はあるのに

その上で祝ってくれることは

やっぱり相手は一段、オトナなんだね


男性なら、なおさら。

メールすること自体、少ないだろうに

そこを乗り越えて、めんどくさいのもなんとか乗り越えて

1行でも2行でも

送ってくれた友達、尊敬するよ、ほんと


でもね

本当の理想は

誕生日なんか忘れていても、

私が本当にやばいときにかけつけてくれるような

そんな人間関係をいくつかは信じたいものです


でもね

日付かわった今、

「わざわざ・さっそく・いつもと違う用事を・こりずに」

を、実行してくれた人たちには、

やっぱり他の人よりも親近感わくし

愛念も沸くよ


私が誕生日だと、重々知っていて

何もなかったあの人このひと

ちょっとさみしい


モノなんていらないのよ

気をつかってくれなくていい

一言、あったらしあわせなんだけどな


面倒臭いことを言っているように見えるけど

本音ね




もうすぐ誕生日なんですけどね

どうやら一番の予定が番狂わせでできなくなってしまい

こまったな


このままだと本当にさみしい人になってしまう


まぁ、ほんとはどうでもいいんですけど、いい大人だし


変にいじけるのは、よくないよね 


でもいじけてしまうよね だめだね


こうなったら、誰か「図書館でも行こう」とかでもいいよ


「巣鴨へ行こう」だっていい(汗)


ひとりでいるよかなんでもいいよ




あと数日で、誕生日です


記念日マニアはあんまり理解できませんけど


自分の誕生日だけは、別腹です!


この日だけは、自分に贅沢を許しています!


夏の、ひとつの盛り上がり!しし座バンザイ!しし座大好き!8月最高!


でもね、歳ですよ


今までは

それでも人並みの人生や生活が、今からでもまだ、出来るだろう、出来るよね、

そうなるようにオシャレも服も頑張るもんね!


と、いうスタンスが絶対ありましたが


これからは、同じスタンスを持ちながらも、少し考えを移行しなくてはならないかな、と思いました


若さを保つのは当たり前


それプラス、今の状況の私が、最低限ひとに迷惑をかけず、最大限ひとに役たつ人にならなくちゃね


ということです


歳をとって、お荷物になんかなったら死んだほうがましです


「おばさん」になったらゲームオーバーです




今朝、めざましテレビで軽部さんが、とっても失礼なことを話していました


置き換えると、軽部さんをデブでキモイ中年と言われたら、腹たつだろうに・・・


昨夜、珍しくも1階の大家の息子夫婦がケンカをしておりました


親子ケンカは毎日ですが、唯一全く無口の旦那さんが、口を割ったのです


これは聞きがいがあります


(と、言っても、聞きたくないけど聞こえてくるのです、私に他人の夫婦ケンカを聞く耳なんて本当はありません)



どうやら


お盆には毎年、家族旅行に出かけているらしく、その予約が発端


群馬かどっかのサファリパーク行って、ペンションに泊まるらしい


そして、今年も行こうか、という話をして、昼間に奥さんが、昨年と同じ日を予約したらしい


旦那「あのなぁ、通常、お盆休みってのは、だいたい土日も含めて長く取るんだよ、去年に9日10日からだと行って、

今年も9,10からってことはありえねえんだよ!」


奥さん「そうなら、そうと言ってよ!お盆休み、って言ったじゃない!」


旦那「そんなの、常識だろ!」


奥さん「じゃあ来年からはどう取ればいいの!!!?

     じゃあ来年からはどう取ればいいの!!!?」(すでに、そうとうな逆ギレ状態)


旦那「来年のことなんか、知らないよ!」


奥さん「もっと、つっこんで話してよ、こういうことは全部私に任せて、後は知らない~っていつもそうじゃない!」


旦那「ちゃんと話ただろ!2泊3日ってことは、2泊なんだよ、3日と後につくからと言って、3泊も泊まるということじゃないんだよ!!!こんなの常識だ!」


奥さん(電話する)「もしもし、あの、今の時間大丈夫ですか?テレビとか見てました?」

ペンション「ええ?何か?」

奥さん「じゃあ、いいです、明日の昼すぎにでもかけますから」


旦那「都合なんかいいよ!かけたんだから言えよ!」




・・・なんかねぇ、こんなんで、旅行に行ったって、楽しいんですかね

夫婦ケンカって、こんなことでするんですね


私は、どっちかっていうと、バカな女(成長しようという気がない人のこと)が嫌いなので、このケンカは、まだ感情的ではなかった旦那さんの肩を持ちますが



確認しようね、奥さん

今回、「常識」という壁をつきつけられていましたが、

常識があったら、

子供にヒステリックなやつあたりしませんって

2階の住人の車のまん前で犬にオシッコさせませんって