鳴かないはずの亀の悲鳴
ジョギングがてら近くの図書館へ行く途中、大きな池がある。
そこでは主に初老の人達が不規則な間隔を空けて釣りを楽しんでいる。
その脇道を走り歩いていると、その先に池から出てきたと思われる30cm弱の亀をアスファルトに叩きつけ、出てきた頭を思い切り踏みつけたりしているオヤジ2人組が眼に飛び込んできた。鳴かないはずの亀の悲鳴が聞こえた。
それまでの景色同様、長閑だった自分の精神状態も一瞬にして吹っ飛び、あまりに突然の凄惨な光景に、気が付けばオヤジに話しかけていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと何やってんの!」たぶんこんな感じだった、と思う。
「これ 外来種 誰かがこの池に捨てたんだ」とオヤジA。
「そう 池の魚を食い荒らしてんだよ」とオヤジB。
それを聞いて少したじろぐ。
「こういうのって、区(地域)でどうにかしてもらえないんですか?」
「知らない たぶんダメなんじゃないの」
「・・・・・・」
返す言葉も見つからぬうちにオヤジAandBは草むらの影へ消えていった。気のせいか去り際が早かったのは、少しでも後ろめたい気持ちがあったのかも、とでも思いたい。
時折、車も通る路上にはあお向けで首を逆さにもたげ、口から血を流して動かないそれがいた。まるで絵に描いたように、例えば亀同士のボクシングでKOを喰らったか、メスの奪い合いに敗者としてそこにいるかのようにも見えた。
亀が可哀相だと思いながらも、結局何も出来ない自分。
たかだか善人のフリしかできない。
再び図書館へ足を運びながら、
亀だから可哀相なのか?人間以外の命は人間以下なのか?ここは人の住む所だから、てな理由で部屋で蚊を殺す自分はどうなんだ?血を吸う蚊は害虫だからアリなのか?害虫と決めたのは人間じゃないのか?何がアリで何がナシなんだ?
生き物の命について、考えを巡らせていた。
近年特に思う。人間の凶暴さは加速している。
思いやりを忘れている。
性格の悪い一人の人格として、社会の性格が見えてしまう。
何か大きな失敗をしなければ、代えられないんだろう。
自分独りで代えられる簡単な仕組みではないから
何も云わずひたすらにこれからも絵を描いていこうと思っている。
区の管轄に明日あたり電話してみようかな。
たぶんダメでも。
眼にこびり付いた亀の最期の姿をいつまでも引きずりながら、図書館に着いた。
涼しく感じる館内の空気が、いつもとは違って感じられた。
右脳フル回転
部屋からTVが無くなってちょうど2ヶ月。
無駄に時間を垂れ流すことも前よりは少なくなった。
無類のTV好きであり大の活字嫌いであったくせに、今は専ら
本(主に現代小説)を読みまくる日々。
トム・ゴードンに恋した少女(S.キング)/グラスホッパー・オーデュボンの祈り・重力ピエロ・ラッシュライフ・チルドレン(伊坂幸太郎)/パレード・熱帯魚・紙吹雪(吉田修一)/ライン(村上龍)/空中ブランコ(奥田英朗)/蹴りたい背中(綿谷りさ)/蛇にピアス(金原ひとみ)
現代小説の限らず読んだ本を含めると
走れメロス・他(太宰治)/変身(F.カフカ)/クロサワさーん!(土屋嘉男)・・・・
まだ記し忘れているものがある気がする。
ボーっと見てても勝手に入り込んでくるTVとは違い、右脳をフル回転させ
文字を追う。
本があるから、もうTVはいらない。
明日逢いましょう
外は台風。波の押し寄せる様な音が不規則に雨戸を叩く。
リビングで犬が勇敢に吠える。そして自分の無力さを知ったのか、
文字通りの泣き寝入りをする。
壁1枚向こうの天候とは裏腹に、最近何となく調子がいい。
音のしない飛行機が静かに離陸していくように、毎日、昨日より少し上を飛んでいる感じがする。若しくは地下から地面へ近づいているだけか。
いずれにしろ、上がっている感覚がある。
大切なものを扱うように、優しく、大事に、丁寧に明日へ持ち越したい。
インターネットで購入した商品が明日届く。
最近の宅配業者は商品がお届けまでのどの段階にあり、今どこにあるかを
web上で知らせてくれる。
これを眺めるのがとても面白い。
まだ見たこともない、手元に届かぬ商品に勝手にいろんな想像を巡らす。
粗雑に扱われてないか、とか、苛められてないか、とか。
想像は妄想となり、やがて独り歩きをする。
そこではもう、とっくに商品はモノなどではなく擬人化されている。
配達の方、台風の中ありがとうございます。お疲れ様です。
そして、明日逢いましょう。
