一族の決起集会が終わった。

 

 

 

大広間は熱気に包まれていた・・・湯気が立ち込めそうだ。

 

 

各家の、大まかな役割分担のようなものは決まった。

 

 

こんなものは慣れたものだ。

 

 

地元誘致の公共工事の捌き方に似ていた。

 

 

分家、叔父が仕切って、各系統に公平に仕事・・・・想定される利権の配分を行っていく。

 

 

 

煙草の煙。

 

 

おおかたの合意を得たところで、

 

そのまま「飲み」の席へと移った。

 

 

・・・・まだ、暗くもなっていない。「午後」って時間なのに・笑。

 

 

田舎だ。

 

アフタヌーンティーって柄じゃない。

 

 

奥に控えていた女性陣が準備にとりかかる。

 

 

仕事の話には女の人たちは顔を出さない。

 

奥で、お茶を飲んでいたらしい。

 

見知った叔母・・・従姉妹もいた・・・・

 

 

 

その喧騒を背にして屋敷を後にした。

 

 

 

「墓に参ってくる」

 

 

 

地元に帰れば、

 

何はなくとも墓参りに向かう。

 

 

ウチの墓だけじゃない。

 

縁ある一族の墓を参っていく。

 

 

 

墓参り。

ボクが供える品は決まっていて・・・・っても、「酒」だ。

地元の有名酒蔵の、小瓶の吟醸酒。

 

別に深い意味はない。

小瓶でそれなりの銘柄というとそれしかなかったからだ。

 

まさか、墓参りに「ワンカップ」ってわけにもいかない。

 

 

・・・・ところが、

その酒瓶によって、ボクが墓に参ったことがわかるようになってしまっていた。

 

 

・・・・もちろん意図したことじゃない。

 

 

ある時、

 

遠い親戚から、「いつも墓参りありがとうな」と言われ、

 

その謎解きが「お供えの酒瓶」であったことを知らされた。

 

 

以来、

 

お供えの品を変えることはなかった。

 

・・・・なるほど、中元、歳暮と同じような意味合いになっているのか・・・

 

 

 

「墓参り」

 

 

別に深い意味はない。

 

 

地元に帰れば、

 

友人たちに顔を出す。

 

親戚の家に顔を出す。

 

 

それと同じで、世話になった人たちの墓参りをする。それだけだ。

 

 

一番は・・・・

 

 

「爺ちゃん子」だったからなぁ・・・

 

 

爺ちゃんが亡くなったあとも、

 

「会いに行く」

 

そんな感覚で墓参りに行った。

 

 

もともと、

 

爺ちゃんが生きていた時だって、

 

そんなに「会話」があったわけじゃない。

 

 

黙って相撲を観ている爺ちゃんの隣に座って、

 

同じく、黙って相撲を観ていた。

 

それだけだ。

 

 

・・・・それが、ボクにとっては、

 

 

この上なく、

 

幸せで、

 

平穏で、

 

安心できた時間だったんだ。

 

 

 

同じように、

 

黙っている、墓に入った爺ちゃんに会いに行く。

 

 

墓の前に立ち、

 

心の中でいろんな話をする。

 

 

・・・・まぁ、自分の考えを整理するって時間だな。

 

誰にも邪魔されず、

 

山の中、

 

その時々の山模様を眺めて思考を整理していく。

 

 

 

・・・・・その延長線上に、

 

各親戚への墓参りがあっただけだ。

 

 

「若いのに偉いもんじゃ・・・」

 

 

そんな気負ったものじゃなかった。

 

 

 

ふたりで並んで歩く。

 

 

従姉の 麻衣子 と一緒だった。

 

 

今日の決起集会。

 

家を代表しての「長」だけじゃなく、

 

叔母さんや、従姉弟といった連中も顔を出していた。・・・・女性陣は、ずーーーっと奥でお茶を飲んでいたらしい。・・・ここでも、それぞれ「久しぶりに会う」って人も多く、賑やかに過ごしていたらしい。

 

 

その中の 麻衣子 と一緒に屋敷を出た。

 

 

数多い従姉弟の中で、「同じ年」なのが麻衣子だけだった。

 

それもあって、子供の頃から仲が良かった。

 

 

 

先祖代々の墓。

 

 

それは、

 

村の外れ、

 

 

小さな山を、少し登ったところにある。

 

 

かなりな急斜面。

 

 

雨は止んでいたが、地面・・・・斜面がかなり濡れている。・・・滑る。

 

 

 

蠟燭を点け、

 

線香を火につけた。・・・・分家、叔父から「お参りセット」として借りてきた。

 

 

同じく、

借りてきた数珠で手を合わせた。

 

 

 

山を下りれば、

 

風が流れていた。・・・・気持ちのいい風だ・・・

 

 

雨は去ったようだ。

 

 

「晴れ間」すら顔を出している。

 

 

 

見渡せば、360度が田畑だ。

 

 

田植えを終えた稲がそよぐ。

 

 

田畑、稲を抜けていく風の音・・・・

 

 

 

昔、

 

爺ちゃんと一緒に見た風景だ。

 

 

・・・・そして、麻衣子とも一緒に見てきた風景だ。

 

 

夏休み、冬休み・・・・一族が集まった時には、必ずのようにふたりで歩いた。

 

 

・・・・小学校、中学校・・・・高校・・・数々の思い出がある。

 

 

 

・・・・・田畑を見ながら、爺ちゃんに教えられた。

 

 

 

「ここから見えるものすべて・・・・われらのものじゃった・・・・」

 

 

 

幼いボクには意味は全くわからなかった。

 

 

当然に、

 

今ならわかる。

 

 

 

見渡す限りの一面の田畑。

 

・・・・・三方、その行きつく先に山々がある。

 

 

もう一面の果てには河だ。

 

 

 

この、

 

見渡す限りの地面。

 

その全てがわが領地だったということだ。・・・・・そして、今は、その全てを失ってしまった・・・・

 

 

 

青・・・緑・・・色とりどりの家々が見える・・・

 

新興住宅地として、

新たに町名がついた場所だ。

 

 

同じ造りをしたアパートが立ち並ぶ場所もある。

 

 

新築分譲地。

 

商用地。

 

 

売り渡したデベロッパーが町を造っていた。

 

 

 

本家。

 

見渡す限りの田畑が領地。

 

三方を山に囲まれている。

 

 

その二方の山々が、分家、叔父の系統が所有する山々だった。

 

 

ウチの一族は、

 

 

3系統に分かれていた。

 

 

1系統はウチ、本家。

 

本家は「田畑」を所有していた。

 

 

1系統は、分家、叔父の系統。

 

そこは、山々を所有していた。山林を所有、林業を生業としていた。

 

 

もう1系統、

 

あそこは、

 

「蚕」

 

農耕具などの製造販売を生業としていた。・・・・要は「商家」だった。

 

 

叔父と、この2系統が合併して、今の分家となっている。・・・・そして、この地の「主」として君臨していた。

 

 

 

領地を囲む三方向に山々。

 

ただ、

 

ひとつの山だけが、ウチ、本家の持ち物だった。

 

高さはなく、小さい。

 

 

しかし、美しい稜線を描いている。

 

 

・・・・赤いものが見える。・・・・鳥居だ。

 

 

そこには神社がある。

 

全国的に有名な神社だった。

 

 

この地の守り神。

 

総鎮守と言われる神社だった。

 

そもそもが、本家、ウチの御先祖が伊勢からお呼びした神様だという話だった。

 

それで、その山は、本家の持ち物としたのだろう。

 

 

文字通りの「わが一族の守り神」

 

・・・・ボクも「産土神」として、

 

お参りした写真・・・・七五三・・・数多く残っている。・・・・記憶にも残っている。

 

 

 

・・・・・しかし・・・

 

今は、山を含めて、全ては分家のものになっていた。

 

 

 

・・・・考えてみれば・・・・

 

 

・・・・ボクは、

 

この事実と、

 

もっと真剣に向き合うべきだったんだと思う・・・・

 

 

 

 

田畑の中。

 

麻衣子 と二人で立つ。

 

 

麻衣子は、筋としては「本家」の人間になる。

 

若くして結婚していた。

 

子供が二人。

 

 

・・・・・しかし、

 

旦那は絵にかいたようなクズだった。

 

ロクに働きもせず、高級車を乗り回す。

 

・・・・一時は自分の会社をやっていた。

 

聞いた話じゃ、

 

勝手にボクへのライバル心を燃やしていたらしい。

 

 

アホくせぇ。

 

 

・・・・で、2年も持たずに頓挫。

 

 

生活は、

 

麻衣子が工場勤めで支えていた・・・・新卒で入った上場企業の工場。

 

 

 

・・・・まったくにおかしなことだった。

 

 

 

本家の人間。

 

ボクを含め、

 

その全てが不幸へと落ちていた。

 

 

「悪手」を引いてしまう。

 

選んだあみだくじ、

 

その全てが泥沼・・・・「ハズレくじ」へと繋がっていく・・・・

 

 

「わが領地」

 

 

風が流れる。

 

 

・・・・・今は、見えるものすべてが他人のものだ。

 

 

 

「取り返してやる・・・・・」

 

 

血が滾っていた。

 

血管が倍にすら膨れ上がっている感じだった。

 

 

企業人なら、一度は見る夢。

 

「株式公開」を果たしてやる。

 

 

 

「取り返してやる・・・・」

 

 

自分の人生を、

 

本家の威光を、

 

 

・・・・・そして、麻衣子を・・・・

 

 

 

「取り返してやる・・・・」

 

 

麻衣子を見つめて言った。

 

・・・・こんな状況でしか、過去に置き去りにした告白ができない・・・・

 

 

 

意味は通じたか・・・・

 

麻衣子は、

 

見つめ返して微笑んだ。・・・頷いた。