父はトラックの運転手だった。優しいヒトだった・・・

 

トラック運転手とはいえ長距離。・・・なので一度出発すれば1週間ほど帰れない。

小さかったボクを、よく仕事に連れて行った。

小学校に入る前、5歳のボクは、助手席にチョコンと乗っているのが好きだった。

 

流れる風景、行き交う車・・・助手席から飽きもせずに見ていた。

 

「カァ、眠たなったら後ろいけや」

 

・・・・父はボクを「カァ」と呼んだ。

カズアキが短くなってだ・・・・家の中ではみんながそう呼んだ。

 

父の声に頷く。いつの間にやら、スーッと気持ちよく眠りに落ちそうだった・・・・

 

ボクはモソモソと運転席の後ろへ転がり込む。

大型トラックの運転席の後ろは、仮眠をとるためのベッドになっている。

 

ご飯は、街道沿いの、それこそトラック運転手を専門にしたような食堂。・・・・まだ、ファミレスがない・・・・コンビニもない。

 

そこにデパートのお子様ランチがあるはずもなく、ボクはオムライスを父にねだった。

運転手相手のオムライスはひときわ大きい。そいつを、これまた大きな大人用のスプーンでボクはパクつく。

食堂のおばちゃんも、お客である運転手たちも、目を細めて色々声をかけてくる。・・・ボクは、その声に応えるよりも、オムライスとの格闘に夢中だ。

 

父は、車が好きで、トラックに乗りながらいろんな車の話をしてくれた。

父の運転する大型トラックがカッコよかった。

大型トラックを運転する父がカッコよかった。

 

映画でも「トラック野郎」が全盛期といった時代。田舎のことだ。映画ほどの派手な電飾はついていない。それでも、緑やオレンジ、そして眩い光が並んだ大型トラックはボクにとっては憧れの乗り物だった。

 

父の仲間達もトラック運転手達なので、車好きが多かった。父はそんな仲間達の車を借りてきては、休みの日にはドライブに連れて行ってくれた。

 

ルノーと日野の提携でできていた日野コンテッサ。ブルーバードSSS、初代のセリカ、初代のローレル・・・・

父は、車にボクを乗せながら、色々なメカの話もしてくれた。

ボクはいつのまにか、車の名前を、それこそトラックに至るまでを、全て運転席から見る後姿でわかるようになっていた。

 

我が家の自家用車第一号は、スカイラインだった。当時はGC10、初代のGT-Rを生んだ時代だ。

勿論、我が家のスカイラインは、中古の4ドアセダン、GTでもないDX。

けれど、ボクは、そのスカイラインが大好きだった。

 

 

ボクの住んでいた地域では、子供たちは、下は1年生から、上は小学校6年生までが一緒に遊ぶ。

全員が親の代から・・・いや、もっと昔から、まわりの人間は全てが知り合いといった地域だ。

 

野球になれば、5年生以上は「左打ち」・・・利き腕を使うのは禁止。・・・そんなハンデをつけることによって、公平に、ちゃんと遊んでいた。

・・・・一応、他の町との対外試合用に1軍メンバーも決まっていた。

ボクはピッチャーだった。・・・1年生ながらピッチャーを任されて、そのまま1軍メンバーに入った。

 

中学生になると、このグループから引退といった態となり、ご意見番のような立場になる。

毎日、泥だらけになって遊んでいた。

 

 

小学校2年生の時に弟が生れた。

 

1年ほどして、弟はつかまり立ちをするようになった。ボクはいつ歩き出すんだろうと思っていた。母も、父も・・・そして祖父も目を細めて見守っていた。

 

・・・・・弟はなかなか歩かない。

もう、手を離しても歩けると思う。ところが、ビビリなのか、なかなか手を離さない。

必ず両手でつかまって立っている。

 

 

夕食。

珍しく父がいた。座卓に胡坐をかきビールを飲んでいる。祖父は日本酒だ。

母が台所から料理を運んでいる。

座卓の真ん中に大皿に盛られた「餃子」があった。

母の料理の中で一番に評判の高かった料理だ。・・・・友達の中華料理店の女将から習ったとかで、確かに外で食べる餃子より数倍美味しかった。

 

餃子の時は、みんないつも以上に箸が早い。

母は、焼いては置き、置いては焼いてを繰り返していた。

 

テレビからはナイターが流れている。もちろん阪神戦だ。

エースの江夏が巨人相手に無失点に抑えている。・・・代々の阪神ファンだ。

 

一度、父の仕事について行って甲子園に連れられた。

そこで投げていたのが運よく江夏で、一気に江夏熱、阪神熱が加速した。

 

江夏に憧れた。

なんといっても剛速球投手だ。

そして、堂々とした太々しい態度が堪らなくかっこいい。

 

 

弟は、あいかわらず両手でテーブルにつかまって歩いていた。・・・・そのうちにテーブル伝いに父にたどり着く。

父が弟を抱えこむ。

 

「飲むか?」

 

言いながら、ビールのコップを弟の口へ持っていった。

 

「アカンやろ!」

母の声。・・・笑いが入ってる。

 

・・・・が、弟はグラスに口をつけて舐めてしまった・・・・

なんともいえない苦そうな顔をした弟が可愛い・・・・・

 

・・・しばらくして、すっくと立ちあがる弟。

 

弟は「片手」でテーブルにつかまって歩き出した・・・・「両手」から「片手」になった・・・真っ赤な顔をして・・・・ひょっとして・・・・酔うてるんか・・・??

 

気が大きくなった弟は、そのまま、タタタタタッ!・・・・と、初めて手を離して歩いた。

 

弟が初めて歩いたのは、ビールの酔いに任せてのことやった・・・・笑。

 

 

 

父が家にいることは少なかった。・・・なんといっても一度出てしまうと1週間は帰ってこない。

父は、ボクの寝ている間に仕事に出かけ、ボクの寝ている間に帰ってきていた。

 

 

・・・・今日は父がいる・・・

 

ボクは急いで学校から帰る。

 

 

ボクはジーパンを履き、バスケットシューズを履いていた。

ジーパンのベルトは流行りのアイドルばりにどんどん太くなっていった。最初は1穴のベルトだった。それが2穴になり、3穴、今では4穴のベルトをしていた。

 

 

江夏ばりの投球フォームで父めがけてボールを投げ込んだ。

座った父のストライクに吸い込まれていく。

コントロールが良かった。それで一軍ピッチャーを任された。

 

父が家にいるときは必ずキャッチボールをしてくれた。

 

・・・・優しい父だった。