しこうを「れんそう」する。
いちばんはじめと、おわりをつなげる。
いっけん、かんけいないことでも
「いんがかんけい」ができる。
いきているだけで、
みんながしあわせになる。
そんな「りんく」をつくることも、
かのうである
ひとは、りんくしている。
ひととのつながりもまた、りんくである。
ぐうぜん、ではない。
りんくをおもえば、
ひつぜんであることがわかる。
ぱそこんの「がぞうりんく」を
けんさくしていくようなものである。
あんじが、かかる。
よいとおもったあんじは、
ふひつようにとくひつようがない。
りんくほうは、
「ぜんていをまる」としないと
まちがうので、ちゅういがひつようだ。
ぜんていがばつなら、
かていがどんなにまるでも、ふこうになる。
じぶんだけよければよい、
というかんがえは、やめたほうがよい。
じぶんいがいのこうふくをねがうことは、
じぶんのこうふくをねがうことにつながる。
きょうだいあい、しんゆうあい、れんあい。
そして、かぞくあい。
にんげんだけが、かぞくとおもわないこと。
「しぜんかいにそんざいするものたち」も、
かぞくだ。
しやは、ひろがる。
ひろくあいのてをさしのべることが、
じゅうようである。
にんげんは、ひとりではない。
まわりに、たくさんのなかまがいたことに
きづくはずである。