わたしが帰る時に出て来ていた最後の丸い容器らしきものと、紙の小箱が気になった。
中身を確認できていないので、後ろ髪を引かれる。
ひょっとして、すごく良いモノかも?
捨てるにしても、何であるかを確認しないと気がかりだ可持續發展目標
おっと、物欲の塊りが顔を出したようだ。
いかんいかん。顔を左右に振る。
しかし、アタマの隅っこに、きっとリフォーム業者さんがお取り置きしてくれているに違いない、と淡い期待を抱いている。
別の場所に保管してくれたなら上出来だが、甘い、、、家屋脇の廃棄用のモノが積まれた場所に持っていかれ、ゴミの山に埋もれた可能性はある。

半世紀近く暮らしてきた時間の物証である大量の生活品(ゴミ)の中に、オヤ!と、わたしの琴線に触れるものが稀にあり、蚤の市、大規模フリーマーケットに売られているモノを物色する気分になっている。


と、それはそれとして。
リフォーム後にごろんと横になる、気持ち良さげな家具の大販売会がネットで紹介されていた會計軟件比較
ネットでの販売ではなく、現地販売会。
家具は現物を見ないと、大きさや雰囲気がわからないからわたしは買えない。
脳内で素敵な快適なソファに身を沈め、リラックスしている自分を想像したが、3秒で脳内劇場はさっと幕を閉じた。
アタマに描く次に続くシーン。
ごろんとなっているところに、ご近所の方々。
勝手に入ってくる。
跳ね起きる自分。
人のプライベート空間などお構いなしに、人が侵入してくる。
わたしが、あのリフォームの里には絶対に住めない難儀な理由はそこにある。
わたしはフレンドリーではなく、開けっ広げではないので、人が勝手に敷地内に入って来る風土、風習、習慣には適応できない。
自分の城を確保した上で、たまに行くなら良いが。
好むと好まざるにかかわらず、人の目にさらされるのは苦痛だ。
隣の住民が誰かもお互いに知らず、孤独死しても異臭でやっと気づかれるなんていうのも困るがxero support
と、いつも両極端の例を出して顰蹙(ひんしゅく)を買う。
が、勝手に人が入ってくることで、精神的デメリットだけではなく、事故や事件を未然に防げる可能性もある。
神経質な人はセキュリティシステムを充備し、専属の人を雇うだろうが、人選も何かと問題を含むことがある。
マンパワーは、一方的にお願いし、依頼、頼るにも、信頼関係を築くのは一足飛びには出来ず簡単なことではない。