PL-70様との悲恋については、前回のとおり にございます。
されど、その出会いそのものは、拙いながらもわたくしの、
れこーど再生への情熱に、火を灯したのでございました。
「このひとの弟君であれば、あるいはわたくしの身分でも?」
安易とのそしりを受けようとも、その想いは留め置けず、
今回の主役であるこのひとを、2009年の3月に、
わたくしのもとにお招きし、70様との歌合をば、
執り行ってみたのです。
旅装をといたこの人は、随所の仕上げは格落ちしても、
兄君である70様に、やはりよく似ておいででした。
70様が「俺様の武器」と、誇示してやまぬ、
「ろんぐあーむ」だけは、その後塵を拝まざるを得ないにせよ、
木目麗しきお体は、その引き締まったシルエットが、
かえって凝縮された優雅さを際立たせるものでした。
期待に満ちて、「いざ歌合」と、意気込み盛んなこのひとは、
同じ位階(値段、ともいう)の奏で手と、比べたときは存分に、
精気に満ちた歌声と、申せるものでありましょう。
されど70様と比べてみると、そこには乗り越え難い「壁」が
歴然と聳え立っており、70様が何事もなく、
浪々と収めた調べについて、このひとが同じ場所をなぞれば、
張り上げてみた歌声は、勢い極まりて精一杯と、
聞こえてしまわざるを得なかったのです。
それでも、このときわたくしは、或る「発見」を、したのです。
甘く逞しい70様のお声でも、「魅惑の低音」で語られてしまうと、
結局「骨抜き」にされるにせよ、あまりに豊かな声量に、
仰ることが埋もれてしまい、実は伝わりづらくもありました。
翻ってこのひとと言えば、いかなる調子で語ろうとも、
明瞭にかつ雄弁に、歌い伝える声でした。
そして70様に比べて、さすがに「貫禄」落ちとはいえ、
このひとの「おいるだんぷあーむ」もまた、侮り難い「逸物」で、
一筋縄では到底いかぬ、針細工たちの「仕種」や「癖」を
宥めすかして十分に、歓喜の嗚咽を上げさせるだけの
巧緻に長けておりました。
究極的な結論を申せば、70様の後釜に、
このひとが据わるということは、適わなずじまいだったのです。
されど、わたくしの住まいには、このひとがもう一台招かれて、
暫定的ではあるにせよ、「針細工」の性質を見極める
二人の「お毒見役」として、活躍の場を得たのです。