プエルトリコから帰国してから一週間後4つ目の学校(正式には5こめ)が始まって、また更に学校三昧の日々。

そして今更ながら、、焦りと英語のたのしさ?奥深さがわかってきた。。最初のUTEPで気づいてればどんなによかったか。。

でも、不思議なことに最初に来たかったはずの地に来たら、、つまらなかった。



唯一の獲得は今までにない人種の人たちと過ごせたこと。

最初の巨大学校つながりではブラジル、オーストリア、スイス少し。

ハイチ、ビルマ、キューバ・・のクラスメートの居る公立学校は変わらず行き続け、

普通の語学学校では、イタリア人、メキシコ人ファビのおばPao似のスペイン人、ぜったい友達にならないと思ってたドイツ人のおじさん?と自主勉強友達になれそう。

あと、意外に向こうから寄って来たので交流してるけど、、そいえば初ゲイ友達ができた。

めきのグアダラハラ(ゲイ人口多)出身のアイバン(Paulaの夫プエルトリカンと、ハリケーンと同じ名前)。

私のMP3の曲が気に入ったらしく、、授業中でもききながらおどってる・・

 2・3週間前はゲイ地帯(WiltonMonors)とゲイ家主にこりごり状態だったけど、今回はとてもよさげ。

あ、でも通学路はゲイ地域方面へ帰るほうが、治安的には安全で、今の家の周りは安全でも途中にハイチ地帯があるので

(朝のクラスメートのイスランディの家もあるのだけど)、夕方でも危険を感じるので、帰りはクラスメートのエドウィン(PR)おじさんに送ってもらっている日々。

IvanもEdも普段はテンション高くてあまりついてけないくらいなのに、実は鬱で病院が必要ということも発覚・・。Edは大病をして仕事もできなくなり、今はすることがなく、、ということで、気持ちはわからないけど、わかる。睡眠薬を飲んで寝て12h寝たら疲れたって悪循環ぽいから、運動に散歩もきついなら、水中歩行はどうか、と進めてみたけど、どうなんだろう?

 移動の際は彼の助けがとても大きかったしこれからもう少し必要だけど、、その後が心配


そいえば、マイアミ空港帰りに結局最後助けてもらったバスの運転手さんと連絡が取れない・・

彼もハイチの人。結局いつもいい人たちは、国外からの人たち・・。

でも、またこないだのホストマザーのデラの家に夕食に呼んでもらったので、デラだけは度々会ってるし、ホントに心休まる存在。

今のホストマザーは占い好きのインテリアデザイナーでマイケルJ似で、よくしてくれるし、いい人なんだろうけど、気持ち的には落ち着かない。


あと、前の学校で働いてたニコラス(デラが持っている家に別のホストマザーとHSしてるフランス人の若者)と日本人の若者とパブリクス帰りに遭遇して、また近所でとりあえず再会できてよかった。デラに話に聞いていたホストマザーとも話せた。モナ。

彼女もしっかり、私のゲイマネージャー問題をきいていて、Thats sucks,て言ってた。

けど、彼らと今後また会えるかなあ・・


それでもとにかくEPの方が私には居心地がよくて、、あんでぃの式にもいけるくらい順調に予定通りまた訪日することにかなり乗り気な日々。

多分、放浪の日々にも疲れたんだ。。2月18日以降、たしか6箇所、引越し4回、8回動いてる・・・



あ、そしてメキシコでPaoが見てた時はわからなかったけど、最期の地でやっと今更サウスパークのおもしろさがわかってきた。