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去年の今日は

中3の時から日記をつけています


最近はブログを書いてて、あまり紙には書いていませんが…



日記を見ました


去年の今日は、夢のことを書いてありました



「とてもきれいな青空が出
ていました」と。


普段からよく夢を見ますが、この時期はちょうど不思議な夢をたくさん見ていた時期だったように思います



それから、6月の日記には元気があまり出ないことも書いてありました



疲れていて、昼と夜のテンションが全然違うこと…



それでも大学に行っていたのは、友達に会いたかったから、、とも書いてあります



みんなにはいっぱい救われました


ありがとう(;´∀`)






今の私はというと…




去年より落ち着いている…?かもしれません



不安はたくさんありますが、日々前に進んでいきたいですd(`∀´)





去年の6月の空です→→→


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褒めること

最近、(`д´)←こんな顔ばかりです



ムキー



ウキー



(`д´)!!!




眉間にシワが寄っています



しかーし!!

昨日、職場の人に話を聞いてもらい、褒めることにポイント、重点を置く大切さを学びました




それを心に、今日は褒めるぞ~d(`∀´)と、がんばりました☆



そうすると、やっぱり違う(x´∀`x)ノ



誰でも褒められたらうれしいですよね



大人でさえそうなのだから、子どもは尚更ですよね(;´∀`)



忘れていた訳ではないけれど、いっぱいいっぱいで感情任せだったように思います



反省(._.)




褒められて育てられなかった人は褒めることが苦手だそうです



私は正直、褒めることは苦手です(-_-;)



それでも精一杯褒めていきたいです

がんばり度

がんばっている度数をがんばり度というとしましょう



度数が高いほど、がんばっています



私のがんばり度はとても低いような気がします……………




しかし、ちょっと待ってください



なにをもって、がんばり度の高さを決めるのでしょうか?




自分ががんばっていれば高いのでしょうか?



それとも人と比べて、彼よりは楽をしているから、彼女より仕事が早く終わるから、、、そういう理由でがんばり度が低くなるのでしょうか?



つまり、絶対的なのか、相対的なのか…



どちらが正しいのでしょうか?


あるいはどちらも正しいのでしょうか?



人の能力や経験したことには差があります



それを考えると相対的(=人と比べる)のはおかしいような気がします



だからと言って、明らかに人より少なくても「がんばったからいい」というのはどうかと思います




「自分はがんばった!」と思うことはいいことなのでしょうか?



自分で限界やラインを決めてしまっているようにも思います



それならば、人に認められればいいのでしょうか?



しかし、人に「がんばっているね」と言われても、自分ががんばっていると思わなければ、やはりそれはがんばっていないのだとも思います














難しい………






こういうことをたまに考えます