伝説的なゲームの誕生秘話 | Lin's Times

伝説的なゲームの誕生秘話

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テトリスの10年
恐らくインベーダーを動かせる基板なら、テトリスを実装することも可能だったのではないかと思います。
しかしインベーダーが登場してからテトリスが登場するのに、実に10年かかりました(あくまで日本国内での登場年です)。純粋にゲームデザイナーの思い付きだけで実現できたはずなのにです。


(from Classic 8-bit/16-bit Topics)

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上記の話もかなり面白いのですが、それを読む前に、ちょいとテトリスの話を、、、。


「テトリス」は、遠い異国 (旧ソ連) の技術者 (アレクセイ・パジトノフ) によって開発され、メインフレームやパソコンから始まり、家庭用ゲーム機、アーケード、ゲームボーイ、さらには電子手帳、携帯電話など、1980年代末から1990年代初めにかけ、世界各国で大流行したコンピューターゲーム。

落ち物パズルの元祖とされる。

もともとは旧ソ連の科学者アレクセイ・パジトノフが教育用ソフトウェアとして開発したもの。その後ライセンス供給が様々なゲーム制作会社に対してなされ、各種のプラットフォーム上で乱立する状態になった。

日本の任天堂が発売したゲームボーイ版は「いつでもどこでも好きに遊べる」という点で大人気となり、国内出荷本数約424万本と、ゲームボーイソフト史上売上1位を記録。湾岸戦争中には前線の米兵らの間でも空き時間の娯楽として人気があったらしい。

このテトリスはパジトノフの考えたゲームの魅力の段階に、追加ルールによるさらなる段階も加えることで「慣れれば慣れるほど新たな思考の段階に進み、より長く続けることができるようになる」という非常に優れたルール構築がなされている。シンプルなので、ルールや遊び方もアレンジが加えやすかったのだろう。(そこがプログラマの力が問われる所か)

また、テトリスの魅力は「テトリス・ハイ」という言葉で語られてきた。

テトリスに慣れ、瞬間的な判断・操作を数多くこなすようになると、次第に思考が自動化されてくる。

ゲームが進みブロックピースはもはや目にも留まらぬ速度で落下してくるのであるが、何十分でも何時間でもゲームが続けられるようになるのである。人間の脳はこのような状態に置かれると、一種の催眠状態となり快感が引き起こされる。この快感はテトリス・ハイと呼ばれ、ときに中毒的となる。この中毒性がテトリスの大流行の主な原因であったことは間違いないだろう。

ちなみに、日本大学教授の森昭雄は、テトリスなどのテレビゲームを行なっているプレイヤーの脳波の特徴が、痴呆症患者のそれに似ているとして、「ゲーム脳」仮説を提唱した。しかしこれは科学的根拠に乏しく、専門家の多くはこの仮説を支持していない。森は各地の講演で、「テトリスはソ連の軍隊で人を殺すための教育の一つとして開発されたもの」と、事実でない発言を行なっている。

(参考 wikipedia)
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イノベーションはちょっとした発想の違いや、思いつきから始まる。
そこから得られる利益も半端なものじゃない。
先行者利益は、とてつもない成功者を生み出す。

そんなゲームでもあったテトリスだったのではないかな。