本当の戦争とは何なのか
- クリス ヘッジズ, Chris Hedges, 伏見 威蕃
- 本当の戦争―すべての人が戦争について知っておくべき437の事柄
A:1000人以上の命が奪われる激しい紛争と定義されている。
で始まり、
Q:軍服はずっと持っていてもかまわないのですか?
で終わる、戦争に関する437のFAQ。
この本は 「すべての人が戦争について知っておくべき437の事柄」のサブタイトルから分かるように、戦争についての素朴な疑問が沢山載せられている。
このQ&A形式で綴られていく本が興味深い。
アマゾンの内容説明→
戦争から目をそむけてはならない、それを怖れなければならない。2002年度ピューリッツァ賞を受賞した『ニューヨーク・タイムズ』の記者が、15年間戦場特派員として体験した、戦場のすさまじい姿を伝えるQ&A集。
これを見て、「戦争」について知りたくなったので少し調べてみた。
Wikipediaによると
戦争(せんそう)の定義には、大きく
1 国家(あるいは国家群)の問題解決のために、軍事力・武力を単独あるいは集団的に行使して、自国の意志を成し遂げようとする行為。
2 軍事力の行使を含む国家間の対立状態、または対立する国家間で軍事力を行使している状態。
という行為説と状態説のふたつがある。
らしい。
この本を読んだ読者のメモサイトを紹介↓
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●本当の戦争_メモ
ここでは(この本を図書館に返却する前に)特に記憶に残しておくべき個所をピックアップしたいと思います。
※この本では基本的にアメリカ軍の話をしています
・世界が平和だった期間は3400年のうち268年。
・2003年初頭の時点で行われている戦争は30箇所
・軍にも人種差別はあるが、民間よりはマシ。不和は戦時の死傷率を招くため。
・黒人は管理や支援業務に就きたがり(民間でもつぶしが利くように)、白人やヒスパニックは歩兵になりたがる傾向がある。
以下、戦場での話。
・被弾は腕や足をまっすぐに貫通するのが最も無難。弾丸が脳に入ると圧力で頭蓋が破裂し、肺が傷つくと呼吸困難となる。脾臓・肝臓・腎臓は衝撃で破裂するおそれがあり、胃に食物や水が残っていると内臓に向けて押し出される。神経が損傷すると一時的に麻痺を起こし、動脈に被弾すると短い時間で失血死する。
・撃たれると大きな音と閃光に包まれ、すさまじいショックを感じる。電気のコンセントに触れたようなショック。感覚は鈍く、ぼうっとした感じがあり、酷い怪我をしたという意識はあるが痛みはない。
・爆発は熱や破片でダメージを受けなくても、圧力波で体内を損傷する怖れがあり、爆発後48時間何の症状も出ないこともある。
・地雷は殺すより重症を負わせるように作られている。
・現代の手榴弾は半径45Mまで殺戮能力がある。1000個の破片が秒速2000Mで飛び散る。
・生物兵器にやられても人間の五感では察知できない。
・生物兵器は潜伏期間があるため、戦術兵器としての威力は小さい。
・戦闘で人を殺すと、大概は罪悪感を覚える。
・逆に殺すことを楽しむものもおり、そういった人間は男性では3~4%、女性は1%程度。つまり、全体の2%ほどが「生まれついての殺し屋」といわれる。これらの人々が殺傷した敵兵のおそよ50%を仕留めている。
・戦闘中は自分が傷つくことよりも、仲間が傷ついたり、仲間の期待を裏切ることを怖れる。
・60日間戦闘が続けば、生き残った兵士の98%が精神的負傷者となる。残り2%は「生まれついての殺し屋」なので、2%が最初から正気でなかったと考えれば、60日間戦闘を行えば全員正気を失うと言ってもよい。
・死ぬまで拷問に耐えぬける者はごく稀。
・太い血管が切れると一分で失血死する。肝臓などの臓器に穴が空くと数時間で失血死する。
・死ぬ時は、意識はあっという間に薄れるらしい。
・「自分は死ぬかもしれない」と考えられるほど意識がはっきりしていれば、おそらく生き延びられる。
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戦争の事実のみでここまで恐怖を覚えるのは僕が「戦争を知らない子供」だからだろうか。
誰もが戦争なんてしたくない、でも政治では解決しないから、戦争という手段をあっさり選んでしまう。
「戦争は戦争のために戦われるのでありまして、
平和のための戦争などとはかつて一度もあったことはありません。」
by内村鑑三
平和を目指して、常に誰もが平和を望んでいれば平和になるって言うのは子供の戯れごとですかね。それでもそう信じたい自分がいる。
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さっきの本の中で、少し気になったのは「生まれながらの殺し屋」という単語。
これもWikipediaで調べてみた。
生まれついての殺し屋とは、戦争中、殺人という一般的に嫌悪する行為をストレスなく平然と行うことのできる類型の人間のことである。
人間は、その属する文化の枠組みの中で、モラルという概念が発達しているため、同じホモ・サピエンスである人間をいきなり殺すことはまず躊躇する。特に現代文化では全てのヒトが自分と同様の人間であるという概念が発達しているため、その傾向は著しい。また、初めて殺人を行うと極度の嫌悪感から吐いたり、夜が眠れなくなったり様々なストレスを経験する。
その証拠に、第二次世界大戦ではアメリカ軍の発砲率が半分以下だったと言われている。そのため現代の軍隊では、ゲームなどを用いた訓練によって、条件反射的に発砲が行えるように訓練し、発砲率90%近くを達成しているし、歴史的に見ても様々な文化圏に見られた戦士文化では、敵の殺害を平然と行うことができるような心理に誘導する文化装置や訓練法が発達してきた。例えば日本の武士は江戸時代中期になって太平の世に慣れ、殺伐の気風が薄れるまでは粗相をした奉公人の斬殺を日常的に行ったり、中世には絵巻物語男衾三郎絵詞に 「馬庭のすゑに生首たやすな切り懸よ」と 描写されているように、領内を通過する乞食修業者などと呼ばれる民間宗教家などを捕縛して射殺、斬首することを日ごろのたしなみとするなど殺害に慣れる訓練が常態であった。また東アフリカのボディなどの牛遊牧民には、男性が青少年期に特定の牛に自己同一化した後にその牛を生贄にし、その耐え難い心の喪失感を他部族の殺害で埋めさせて殺戮に駆り立てるなどの文化装置が知られている。
従って、普通の人間は軍隊に入隊して長らく、厳密に言えば60日以上、前線で過ごすと、ほぼ全員がPTSDにかかるなど、極限にまで精神が疲労してしまう。
しかし、こういった者とは別に、戦場で何の嫌悪感も躊躇も無く、人を撃ち殺すことができる人間もいる。その数は男で3%~4%、女では1%、男女平均して全体の2%ほどである。このような人物が生まれついての殺し屋と呼ばれている。生まれついての殺し屋には前述したストレスも無縁であり、60日以上いてもPTSDにもかかることはない。そして相手国に対する全体の殺傷率が50%を越える。
注意したいのは、普通の社会ではごく普通の人間であり、戦場に出てはじめて自分がそういう人間だったと気づいた人間がほとんど、ということである。普通の人間ができないことを何の躊躇も無くやってのける為、ほとんどの同僚がその人物を英雄として扱い、また尊敬する。
なお、快楽殺人は性欲を満たす為に主に殺人を実行するので生まれついての殺し屋とは呼ばない。
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らしい。
自分は絶対生まれながらの殺し屋ではないな。うむ、間違いない。血とか苦手だし。
でも100人に2任人いるってけっこうな高確立。
君の隣にも、殺し屋が!?
この単語には力がある。
「生まれながら」に「殺し屋」なのだ。
小説とかマンガのテーマにならないかな。
未来には、小説や、マンガ、空想の中だけで存在するくらい「戦争」という概念が風化するくらいな平和になるのだろうか。
そんな未来になるよう少しでも何かをしていきたい。