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「……?」
ルフレは、鼻をくすぐる甘い匂いにぼんやりと目を開けた。
「お目覚めですか。丁度よかった」
横手からそんな声と、かちゃりと微かに陶器の鳴る音。
ルフレがつられてそちらを見ると、果たしてそこには彼女の夫。サイドテーブルに盆を置いて、ルフレの額に手を伸ばす。
ひやりと大きな手が触れて、ルフレは眼を閉じた。その冷たさが心地よい――と。
「少しは下がったようですね。……無理をなさるからですよ」
ルフレは僅かに咎める様なその言葉に、そうだ、自分は熱を出して倒れたのだと思い出す。
それから目を開けてフレデリクを見た。
「……はい、ごめんなさい」
「これに懲りたらもう無理はしない事です。
起きられますか?薬をお持ちしましたが」
無理をするなとはよくも人に言えたものだと思ったが、先に倒れた身としては反論もできない。口答えはぐっと飲み込んで、ルフレはええと答えると身を起こした。
フレデリクは先ほど置いた盆からポットを取って、同じく手にしたカップに注ぐ。盆の上には他に小さなろうそくと、そのホルダーなのかポットの底より少し大きめの筒が置いてあったが今は使わないらしい。なんだろう、とルフレは思ったが、差し出されたカップの中身に仰天してそれどころではなくなった。
「なんですか、これ」
「ですから、薬ですと申し上げましたが」
「薬ですか?液体としてはあまり見ない色ですけど」
カップの中身は黒に近い茶色の見るからにどろりとしていそうな液体だった。
薬と言うよりも毒だと言われた方がまだ納得できそうだ。
まあ彼が持ってくるものが毒である訳がないので、これは正しく薬なのだろうと言うのはルフレにも判る、判るのだが。
病人とは得てして我儘なものである。
「……いりません、寝てれば治ります」
突き返されたカップに、フレデリクは渋面を作る。
「我儘を言わないで下さい。本当にこれは薬なのですよ?
それに、飲みなれない人にも飲めるような調合になっていますから、大丈夫です。
さあ、ルフレさん」
「いやです、そんな得体の知れないもの……そんな見た目なのにいい匂いがするなんて何かの罠です!陰謀です!」
「なんですかそれは……」
ついにそっぽを向いたルフレにフレデリクは呆れたように大きくため息を吐いた。
しばらくルフレを見つめて、折れる気配のない彼女にもう一度溜息を吐く。
「……ルフレさん」
「何と言われても飲みませんったら飲みませ……!?」
突然の事に、ルフレは眼を白黒させた。
す、とフレデリクの手が伸びて顎を捕えられたと思ったら、次の瞬間にはフレデリクの方を向かされていた。反論も許さないまま、フレデリクは己の唇でルフレのそれを塞ぐ。
「んー……!?」
ただの口づけではなかった。ルフレの口に、甘くそれでいてほろ苦い味が広がる。
『薬』を飲まされたのだ、と思ったが、さして抵抗できないままルフレはそれを飲み込む。
ルフレの喉が鳴ったのを認めて、フレデリクは彼女を開放した。
「……酷いです、フレデリクさん。無理矢理なんて……」
「悪くない味でしょう?」
ルフレの抗議をさらりと流して、フレデリクは己の唇を舐めると、にこり、と微笑みかけた。
「残りも、飲んでいただけますね?これでも少々骨を折ったのですよ」
再度差し出されたカップを、ルフレは少し憮然とした表情で、今度は抵抗せずに受け取った。
カップを覗き込んで、フレデリクを見上げ、それからカップに口を付ける。
一口飲みこんで、ルフレは息を吐いた。
「……甘い、です」
「お気に召しませんか?」
「……いいえ」
ルフレが極々小さく『おいしいです』とつぶやいたのを聞き逃さずに、フレデリクはもう一度微笑んだ。
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