およそ音楽とは関係のない家に生まれついたので、小さい時は学校の音楽とテレビの歌謡曲ぐらいしか耳にすることはありませんでした。
そこへ出てきたのがグループサウンズの流行です。
毎週テレビで「〇〇対抗バンド合戦」という番組が放映されていましたし、
大手プロダクションに属しているバンドの中ではタイガースの人気が図抜けて
高かったと思います。
東京の池袋などに「ACB(アシベ)」というライブハウスがあって、バンドが出演していましたが、女子中高生が出待ちを含め夜に大勢集まるので、学校の生活指導の先生たちも辺りに待機していて、自校の生徒を見つけたら補導するということになっていました。
この騒ぎは海外でビートルズやローリングストーンズが流行りだしたことを受けてのことだったと思うのですが、当時フジテレビで土曜日の午後3時からだったか、
大橋巨泉さんと星加ルミ子さんの共同司会で、「ビートポップス」という番組が放映され、そこで毎週のダウンビート誌のトップチャート10を流していたのです。
ただ音源はあるものの、海外からの画像は少なく、番組の大半が楽曲に合わせてスタジオで踊っている視聴者の様子と小山ルミさんという女性タレントがお立ち台で踊っているのを流していたと思います。この番組が当時は海外の音楽への1つの窓口だったと思います。
ほとんど同時に、フォークソングブームが到来しました。ブームの波はアメリカからやってきて、ピートシーガー、ボブディラン、ジョーンバエズ、ブラザースフォアが有名でしたが、やはり筆頭はPPM(ピーター、ポール&マリー)でした。
ピーター・ヤーロー、ポール・ストッキー、マリー・トラバースの3人組で、歌唱力はすごいし、ギターテクニックも抜群でした。
彼らが流行りだす少し前にナルシソ・イエペスの「禁じられた遊び」を弾いてみたいとガットギターを始めた人たちが、どっとPPMの3フィンガーピッキングに変わっていくんです。
歌の方では、マリーの声が力強く、ほとんど野太いと言っていいぐらいでしたが、これが良かったんです。ほかにそんな人はいません。
日本では、後年に「六文銭」というバンドを率いた小室等さんが、当時はPPMフォロワーズという完コピバンドを作って活動していました。フォロワーズによるPPM楽曲の完コピ譜も本になってレコード屋にあったのを読んだ記憶があります。
続く

