今回、AIに画像を作ってもらいました。

色々不満はありますが、まぁしょうがない。

 

昔、音楽を聴く手段と言えば、もっぱらラジオ、テレビ、そしてステレオ(レコード)、テープレコーダーでした。


我が家にあったテープレコーダーは、ソニー製のオープンリールの大型機種で、

よく使いました。そのテープレコーダーで洋楽を聞いていましたが、男性ボーカルで、ナットキングコール、トリニロペス、アンディウィリアムスなどだったと思います。
 

トリニロペスは、Dirty Dozenという映画(邦題は「特攻大作戦」、ノルマンディー上陸の 前夜に、ナチスの後方攪乱のため敵地に落下傘で降下する軍刑務所の12人の囚人が主人公。リーマーヴィン、チャールズブロンソン、ドナルド サザランド、ジョンカサテベスが出演している)の中に出ていました。

丁度ラジオで彼の特集の番組があったので、エアチェックしてよく聞いていました。また、NHKテレビだったか、アンディウィリアムス・ショーが毎週放送されていてこちらもエアチェック。

この頃、小生にとって衝撃的な音楽との出会いがあったのです。
NHKテレビの再放送で「夏の夜のジャズ」という番組があり、ここで初めて

日野皓正クインテットを聞いたのです。これがとても良かった。
 

トランペット日野皓正、テナーサックス 村岡健、ピアノ鈴木宏昌、

ベース稲葉國光、ドラムス ジョージ大塚のクインテットで、日野皓正が売れ出した時だったのです。
この番組のエアチェックもして何度も繰り返して聞きましたし、レコード「Hinology」ハイノロジーも御茶の水のディスクユニオンで早速買いました。

 

当時聴いていたテープやレコードはウン10年のうちに散逸してしまい、昨年これまたディスクユニオンで「Hinology」の CDを買いました。
不思議なことは、私の記憶ではNHKの「夏の世のジャズ」でもレコードでも、ドラムスはジョージ大塚なのですが、CDでは日野元彦になっていることで、私の単なる記憶違いなのかどうかよく分かりません。


サックスの村岡健はすごく上手くて、NHKで演奏していた彼の「カポエイラ」というタイトルの曲が未だに頭の中を流れることがあります。
 

     

 

PPMの来日公演も何度かあり、東京では新宿の厚生年金会館(今は無くなったのかしら?)がお決まりの場所でしたが、切符がなかなか取れず、結局ナマの演奏は一度も聴いたことがありません。返す返すも残念。

フォークブームを支える日本の演奏家は、もっぱら関西フォークが中心で、
「フォーククルセイダーズ」、「五つの赤い風船」、「岡林信康」、「高田渡」、

「高石ともや」をレコード、ラジオで聴いていました。
どういう訳か、テレビで見た記憶はないですね。それだけマイナーだったのでしょうか?

学生フォークでは、京都の大学だったか関学だったか、「ダボーズ」という名前の

学生バンドが滅法うまくて、レコードを買った記憶があります。

そして「赤い鳥」がヤマハのグランプリ(フォークジャンボリーだったか?)を

取りました。私からすると、それがフォークブームのピークの時だったのではないかと思います。

今はこういうジャンルの音楽はないですね。
特にプロテストソングというのは消滅したのではないでしょうか。
高田渡の「自衛隊に入ろう」なんて、今の若い人が聞いたら、

「入隊を増やすためのPRソングか」と思うかもしれません。

それだけ社会が変わってしまったんです。
 


 

およそ音楽とは関係のない家に生まれついたので、小さい時は学校の音楽とテレビの歌謡曲ぐらいしか耳にすることはありませんでした。

そこへ出てきたのがグループサウンズの流行です。

毎週テレビで「〇〇対抗バンド合戦」という番組が放映されていましたし、

大手プロダクションに属しているバンドの中ではタイガースの人気が図抜けて

高かったと思います。
 

東京の池袋などに「ACB(アシベ)」というライブハウスがあって、バンドが出演していましたが、女子中高生が出待ちを含め夜に大勢集まるので、学校の生活指導の先生たちも辺りに待機していて、自校の生徒を見つけたら補導するということになっていました。
 

この騒ぎは海外でビートルズやローリングストーンズが流行りだしたことを受けてのことだったと思うのですが、当時フジテレビで土曜日の午後3時からだったか、

大橋巨泉さんと星加ルミ子さんの共同司会で、「ビートポップス」という番組が放映され、そこで毎週のダウンビート誌のトップチャート10を流していたのです。

 

ただ音源はあるものの、海外からの画像は少なく、番組の大半が楽曲に合わせてスタジオで踊っている視聴者の様子と小山ルミさんという女性タレントがお立ち台で踊っているのを流していたと思います。この番組が当時は海外の音楽への1つの窓口だったと思います。

ほとんど同時に、フォークソングブームが到来しました。ブームの波はアメリカからやってきて、ピートシーガー、ボブディラン、ジョーンバエズ、ブラザースフォアが有名でしたが、やはり筆頭はPPM(ピーター、ポール&マリー)でした。

 

ピーター・ヤーロー、ポール・ストッキー、マリー・トラバースの3人組で、歌唱力はすごいし、ギターテクニックも抜群でした。

彼らが流行りだす少し前にナルシソ・イエペスの「禁じられた遊び」を弾いてみたいとガットギターを始めた人たちが、どっとPPMの3フィンガーピッキングに変わっていくんです。
歌の方では、マリーの声が力強く、ほとんど野太いと言っていいぐらいでしたが、これが良かったんです。ほかにそんな人はいません。

日本では、後年に「六文銭」というバンドを率いた小室等さんが、当時はPPMフォロワーズという完コピバンドを作って活動していました。フォロワーズによるPPM楽曲の完コピ譜も本になってレコード屋にあったのを読んだ記憶があります。

 

続く

 

 

用事があって 久方ぶりに新宿まで行ってきました

3丁目で街の様子を見ていたら 大昔の風景がよみがえって

来ました

写真は3丁目の世界堂の方から伊勢丹方向を見たものですが

大昔は伊勢丹を除いてビルなんてありませんでした

向かって右手に今は大きなビルがありますが そこも昔は

1階建てで、錆びたトタン屋根、トタン壁の閉鎖した商店のような建物が

あったと記憶しています

おぼろげな記憶では 昔の京王線は 甲州街道の地上に駅があって

そこが終着駅になっていました

確実な鮮明な記憶は 写真の左手 メトロのサインの先 いま追分団子の

お店がある近くに 当時は不二家のお店があり そこのショーウィンドウに

6段重ねのホットケーキが展示してあったことです しかもストロベリー

ジャムが大量にかけてあったのですね 昔はそれが 大いなるあこがれの的でした

いつかあれを食べてやろう 食べてやろうと 思いつつ お店もなくなり 

ついに諦めました


少し前に、テレビでインディジョーンズ シリーズの最新作 というのを放映していました。
途中から見たので、全体の筋書きはよく分かりませんでしたが、要するにアルキメデスが作った時空の裂け目を見つける機器(ダイアル)を使って歴史を変えようとするナチスの残党と、それを阻止しようとする インディジョーンズの一行が、タイムトリップしてポエニ戦役の戦場に舞い込み、最後にアルキメデス に会うと言った話でした。
ハリソン・フォードも、年を取った姿と、画像合成なのか中年の姿が2つ出ていました。

ハリソンフォードも年を取ったものです。
最近は Instagram で、米国を中心に男女の俳優の今昔の姿を載せている投稿をよく見かけます。いずれも、じいさん、ばあさんになって、その大きな変わりように驚いてしまいます。趣味の悪い 投稿ではありますが、ついつい見てしまいます。
さて インディジョーンズ シリーズ最新作に話を戻すと、最後の場面、インディーの部屋に突然 見たことのない一般人らしき おばさんが登場したのです。体重が増えて ウエストの なくなったという雰囲気の女性です。それは、インディと別居中の奥さんが和解のために現れたというシーンなんですが、見ていてやっと思い出しました。シリーズの昔の回で、インディーの奥さん役をしていたカレン・アレンという目のクリクリッとした女優さんが再登場したんです 。やっと分かりましたが、随分と変わっています。年を取るのはしょうがないのですが、それにしてもちょっと気の滅入る感じのする企画ではありました。