祈り | 燐ブログ

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五感を研ぎ澄ませ、心を枯らすな

宛名の書けない祈りが苦手なので

みんなの祈りについていけない

 

顔も生き様も死に様も知らない誰かは

想像の産物に過ぎない気がして

イメージで祈ることに

重要性を見いだせない

 

365分の1が誰かの誕生日であるように

365分の1が誰かの死ぬ日

 

同時多発的である方が記憶に残る?

大は小を兼ねる?

祈れば正義?

 

思い出すくらいに忘れてる人間に

生傷遺る人間の痛みが分かるだろうか

これもまた想像のストーリー

 

冥福を祈るとは

 

黙祷とは

 

日付に刻みこむ意味とは

 

宛名のない言葉が宙を舞って

言葉が言葉のまま流れていく

簡単な感動、簡単な共感、簡単な祈り

 

宛名のかけない言葉では祈れない

空っぽの言葉なら、いらない

 

みんな誰を思っているんだろう

 

 

 

ずっとずっと祈れない自分は

歪んでいるのかもしれない

みんなで目印をつけて

みんなでせーので思い出す

 

なぜ、なぜ、なぜ、の連続

斜めから眺め続けているのかもしれない

 

だけど、心から祈りたいものには

いちいち思い出す必要もなく

祈っていますと言わずとも

言葉になんかならない心のまま

純粋に祈り続けている

 

言葉は無尽蔵に使い放題だから

言葉が安っぽくならないように

宛名を書いて、心の底にある想いを

届けるための言葉にしたい

 

想いを届ける手段が言葉であって

言葉にしなきゃ伝わらないこともあるけど

綺麗に見栄え良く書き連ねただけで

言葉が言葉以上のものになるわけではない

 

「祈り」が連鎖して

「祈り」という同調圧力になり

「祈り」が免罪符になっていく

 

そんなとってつけたような祈りなんて

祈って救われるのは、誰なんだ

 

これも想像のストーリー

 

あの日から学んだこととは一体なんなんだ

 

なんなんだ

 

そんなことを思う日

自分の捉え方の問題かもしれない

本当のところはわからない

自問自答が苦しくて仕方ない

 

宛名の書けない祈りが苦手なので

みんなの祈りについていけない

顔も生き様も死に様も知らない

想像上の誰かに祈るなんて

とってつけたものになってしまう気がして

自分には怖くてできない

気持ち悪くていやで

漠然とした平和というもの

みんなの心もよくわからない

 

うちは共感性が弱いのかもしれない

自己中心的で、頑固で、歪んで、

想像力が欠如してるのかもしれない

 

わからないけれど

 

すべての人がそれぞれで

毎日がおめでたく、毎日がかなしい

幸せで、不幸で、始まりで、終わり

毎日が一大事であると思うし

 

せーので思い出さなくても

日付に刻み込まなくとも

日々は確かにそこにある

 

日々が人それぞれの時間でありますように

 

これも祈りのひとつなのだろうか

 

たにんごとだから割り切ったり

たにんごとだから祈れたり

忘れたり、思い出したり

想像のストーリーにしたり

するんだろうか

 

祈りがよくわからない

ちゃんとした言葉にならない

言い訳なのかもしれない