1984 Ford Ranger と、三菱フロンテ
私、ピックアップ暦結構長いんです。現在のタンドラで16年目の6台目、短いのはたったの3ヶ月、長いのは5年ぐらい乗ったかな。
私がアメリカに行ったのは1989年4月、同時にトラックのある生活も始まった。まず車が無いとバイクも手に入れなれないと、確か到着の翌朝に自転車を借りてトラックを買いに行った。2,500ドルぐらいで買った青/白/青の1984年型FordRanger 2WD。納車後は自転車を荷台に積んで帰ってきました。

この写真のは赤/白/赤だけど、俺のは青/白/青。2WDだったから、車高は低くて鉄チンホイールだった。V6のマニュアルで結構速かった。V型エンジンが嬉しかったなぁ。当時の日本は、V型エンジンなんてプレジデントとセンチュリー以外まず無かったから。
日本でハイエースが定番なのと同様に、本当はエコノライン等のバンがレースの転戦には適しているんですけどね。でも日本では友達のお父さんからただで貰った2代目ハイエース、もろ日本のクリーム/茶色/クリーム色のスーパーロングに乗っていたので(これのもっと色が変で、長いの)

次こそはカルフォルニアチックなのが欲しかった。
やっぱりこうゆう写真を見てしまうと、MXにはピックアップでしょ!となるわけで・・・なるでしょ?

今見るとそうとういけてないですね。レンジャー自体がさぁ。黄色いヤマハはBob Hannahのバイクか!!!ってぐらい古いな。昔はゼッケン1番が最初からバイクに付いて売ってたらしいですね。笑
しかし、レンジャーは結局3ヶ月ぐらいしか乗ることが出来なかった。MX帰りに車を道に停め、車の脇に居たときに、DodgeVanに車もろともはねられてしまったんです。車は荷台半分消えてめくれ上がり、後ろに積んでいたCR125はホイールが曲がり、俺は頭と腰を打ち10日近く入院するはめに。すぐに帰国しようかと思ったけど、病室のベットで自分の保険会社の弁護士から「相手の保険会社から保険金が結構出るよ」と聞き、一気に気分が盛り上がり、初の新車である1990年型Chevy C2500を買ったときには全て忘れていた(笑)。
ピックアップと言えば、日本ででもカルフォルニアスタイル?のトラックに触れた事があるんだよなぁ。
私は中学に入った頃に親戚のオジサンにセーフティーパーク埼玉(後のHARP)に連れて行ってもらい、本格的なMXコースを初体験した。その時オジサンはこの三菱のフロンテ(だっけ?)、それもどっかのショップに屋根を切ってもらってオープンにしたトラックを乗っていた。荷台にはもちろんロールバーつけて。子供だった俺には強烈に悪い乗り心地の印象しかなかったが、今考えると相当いい味の車を持っていたと思う。フロンテは有っても、屋根が無いのはまず有り得ないでしょう。

当日朝オジサンがしばらく乗っていなかったフロンテを取りに行くと、なんと車内に野良猫一家が住み付いていて、ママ猫は助手席の上で子育てに励んでいた。俺がダンボールとタオルをして座った助手席のシートはいろんな物でぐしゃぐしゃ、臭いも強烈。いいイメージなんてある筈が無い。臭いに酔わずに済んだのは、オープンエアーで換気十分だったからだろう。
オジサンは当時最強とエンデューロマシーンとされていたXR250を乗っていたが、以前乗っていた'83ぐらいのCR125を俺には貸してくれた。俺はそれまでカブ、モンキーとか、数分だけの(空冷!)CR80しか乗った事が無かったので、フルサイズの水冷MXerは最高だった記憶がある。
とここでその日二つ目の事件が!
ひと通り乗り終わって帰り支度をすると、オジサンはCRのエンジンをかけて、バイクに乗って荷台に載せようとした。「えー、カッコいい、そんな事ができるんだ!」と羨望の眼差しで俺が見ていると、オジサンはいきなりアクセル勢い良く開けて、バイクは急加速。テールゲートにかけたランプでジャンプし、その勢いでオジサンはバイクから振り落され、バイクはフロントタイヤがロールバーを乗り越えた状態でキャブに突き刺さって止まった。
子供の俺もあっけに取られた光景だったが、幸い屋根も無いオープンだったし、バイクにもたいしたダメージも無く終ったのだが、その後バイクをキャブから荷台に持ち上げて戻すのに苦労した。その後のオジサンの言い訳はまだ覚えている。「4ストになれていて、2ストの暴力的なパワーを忘れていた」んだそうだ!笑
色々ありますけど、ピックアップっていろんな楽しい事が起こりますよねー。雨降りが多い日本でだって、水道屋さんとか左官屋さんだけに使わせておくのは勿体無いと思いません?
私がアメリカに行ったのは1989年4月、同時にトラックのある生活も始まった。まず車が無いとバイクも手に入れなれないと、確か到着の翌朝に自転車を借りてトラックを買いに行った。2,500ドルぐらいで買った青/白/青の1984年型FordRanger 2WD。納車後は自転車を荷台に積んで帰ってきました。

この写真のは赤/白/赤だけど、俺のは青/白/青。2WDだったから、車高は低くて鉄チンホイールだった。V6のマニュアルで結構速かった。V型エンジンが嬉しかったなぁ。当時の日本は、V型エンジンなんてプレジデントとセンチュリー以外まず無かったから。
日本でハイエースが定番なのと同様に、本当はエコノライン等のバンがレースの転戦には適しているんですけどね。でも日本では友達のお父さんからただで貰った2代目ハイエース、もろ日本のクリーム/茶色/クリーム色のスーパーロングに乗っていたので(これのもっと色が変で、長いの)

次こそはカルフォルニアチックなのが欲しかった。
やっぱりこうゆう写真を見てしまうと、MXにはピックアップでしょ!となるわけで・・・なるでしょ?

今見るとそうとういけてないですね。レンジャー自体がさぁ。黄色いヤマハはBob Hannahのバイクか!!!ってぐらい古いな。昔はゼッケン1番が最初からバイクに付いて売ってたらしいですね。笑
しかし、レンジャーは結局3ヶ月ぐらいしか乗ることが出来なかった。MX帰りに車を道に停め、車の脇に居たときに、DodgeVanに車もろともはねられてしまったんです。車は荷台半分消えてめくれ上がり、後ろに積んでいたCR125はホイールが曲がり、俺は頭と腰を打ち10日近く入院するはめに。すぐに帰国しようかと思ったけど、病室のベットで自分の保険会社の弁護士から「相手の保険会社から保険金が結構出るよ」と聞き、一気に気分が盛り上がり、初の新車である1990年型Chevy C2500を買ったときには全て忘れていた(笑)。
ピックアップと言えば、日本ででもカルフォルニアスタイル?のトラックに触れた事があるんだよなぁ。
私は中学に入った頃に親戚のオジサンにセーフティーパーク埼玉(後のHARP)に連れて行ってもらい、本格的なMXコースを初体験した。その時オジサンはこの三菱のフロンテ(だっけ?)、それもどっかのショップに屋根を切ってもらってオープンにしたトラックを乗っていた。荷台にはもちろんロールバーつけて。子供だった俺には強烈に悪い乗り心地の印象しかなかったが、今考えると相当いい味の車を持っていたと思う。フロンテは有っても、屋根が無いのはまず有り得ないでしょう。

当日朝オジサンがしばらく乗っていなかったフロンテを取りに行くと、なんと車内に野良猫一家が住み付いていて、ママ猫は助手席の上で子育てに励んでいた。俺がダンボールとタオルをして座った助手席のシートはいろんな物でぐしゃぐしゃ、臭いも強烈。いいイメージなんてある筈が無い。臭いに酔わずに済んだのは、オープンエアーで換気十分だったからだろう。
オジサンは当時最強とエンデューロマシーンとされていたXR250を乗っていたが、以前乗っていた'83ぐらいのCR125を俺には貸してくれた。俺はそれまでカブ、モンキーとか、数分だけの(空冷!)CR80しか乗った事が無かったので、フルサイズの水冷MXerは最高だった記憶がある。
とここでその日二つ目の事件が!
ひと通り乗り終わって帰り支度をすると、オジサンはCRのエンジンをかけて、バイクに乗って荷台に載せようとした。「えー、カッコいい、そんな事ができるんだ!」と羨望の眼差しで俺が見ていると、オジサンはいきなりアクセル勢い良く開けて、バイクは急加速。テールゲートにかけたランプでジャンプし、その勢いでオジサンはバイクから振り落され、バイクはフロントタイヤがロールバーを乗り越えた状態でキャブに突き刺さって止まった。
子供の俺もあっけに取られた光景だったが、幸い屋根も無いオープンだったし、バイクにもたいしたダメージも無く終ったのだが、その後バイクをキャブから荷台に持ち上げて戻すのに苦労した。その後のオジサンの言い訳はまだ覚えている。「4ストになれていて、2ストの暴力的なパワーを忘れていた」んだそうだ!笑
色々ありますけど、ピックアップっていろんな楽しい事が起こりますよねー。雨降りが多い日本でだって、水道屋さんとか左官屋さんだけに使わせておくのは勿体無いと思いません?