そういえばのクッチ〜2@どんどんどんぐりです
お久しぶりです
っと言っても5ヶ月ぶりですかねー
そもそも、blogが僕の原点であるので、更新しようと思いました
みなさんあけましておめでとうございますw
左耳に水が入ったような感覚が続いていて(きっと触りすぎたのかも)
そこからいろいろな強迫的な観念にかられて自己防衛にはしっているんのですが
よくよく考えてみると自分自身は世の中に反抗的な考え方を結構しています。
一般には非常に理解できないことを考えていると思うのですが、自分自身はこのように考えても一般的な人生を歩めているので、自分の信念には支障はないと考えています。
と前置きはそこら辺にして
「登山」に関する動画を出して、ここ数年
もともとは「岐阜県のB級スポット」を巡ることをテーマに置いていたのですが、関東が意外に面白かったり、おもしろ系動画投稿者と関わるのが楽しかったりと色々ちぐはぐになり、公園めぐりをしていたらなんとなく山の中に入ってしまい結果的に登山をメインとする動画となりました。
しかし、自分として大事にしていることが一つあり
それは「登山道」です。
登山に関する動画を投稿されている方もここ数年本当に多くなりました。
僕自身は、こういった方々が嫌いとか好きとかということはないのですが、やはり登山に対する信念というかエゴがあります。
それをこのように大きく発信させるきっかけが、いわゆる冬山の富士山で動画配信されていた方で山頂手前で滑落をして命を落とされた事故です。
そこで思ったことは、Twitter(今はアカウント削除)でもつぶやいたのですが、壮大な景色、最高峰といったある意味ネタというもので多くの視聴者を取り込ませることで自分自身の満足感を満たすようなことをこの登山に求めているのであれば、これは登山に関する動画を投稿しているものにおいては大きな責任を負わなければいけないと思いました。
その頃は、アウトドア・キャンプをしている人が登山をしたり、釣りをメインで行っている人が登山をしたり、もともとのメインの違う人はそれぞれ感性は全く違うのですが、そういう人たちは山は受け入れてくれるのですが、そういう方々が増えてなんか荒れてるように自分は見えました。
登山を主に行われている方は、やはり話してみてもやはり違うなーといつも思います。
そこで自分が大切にしている「登山道」というのは、(前置きがまた長くなったね)
まず、先人たちが築きあげたもの、さっき通った人が歩いた道ということでそこを歩くことの感動みたいな感覚
そして、ちょっとした急登や道の分岐が出た時の試される自分の精神やそれを受け入れる受容的に部分
登山の醍醐味はこの部分だといつも思っています。
ここからは余談ですが、ある方が言っていたのはYouTubeでチャンネル登録者を増やすには、映像やネタではなくうP主に共感や好意を持てば増えると言うこと
景色などの撮れ高に頼らない動画作りを心がけて頑張りたいと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。
ではでは!