更新が遅くなりました。
今年は、もう少しマメにブログのアップが出来るようにしたいと思っています。
実は、12月30日に同居している義父が息を引き取り、
大晦日にお通夜を済ませました。
去年の夏ごろから、徐々に体調を崩し、トイレも間に合わないことが増えてきました。
夫が夜中起きて、おむつの交換をしていましたが、それでも間に合わず
介護保険で支給されるおむつは、本当に有難かったです。
それから防水シーツの上にさらに平らの使い捨てシーツを敷き、
介護用品の進化に随分助けられました。
これも、以前から介護で苦労してきた方々が、工夫し伝承してくれたおかげで
便利な用品がそろい、昔はさぞ大変だっただろうと胸が痛くなります。
9月に高熱が出て2度救急車で病院へ連れて行きましたが、
その時はレントゲンや血液検査の結果も悪くなく、
すぐに帰されてしまいました。
その後再び高熱が出て、今度は外来に連れて行ったところ
「誤嚥性肺炎を併発しています。即入院してください」とのこと。
それからです。
胃ろうにするか、鼻から管を通し栄養を取るか、または点滴か。
3つの選択肢を提示されました。
父は、死後、自分の身体を医学教材のために使って欲しいと、献体を希望していました。
「身体に穴を開けるなどは、したくない」と、点滴のみの治療を選択したのです。
はじめは1200Kcalの点滴を2カ月間、後半は600Kcalへ落とし、
父は随分快適に過ごしていたように思います。
好きな本を読んだり、看護婦さんとお話をしたり、何よりも
SE作業療法士の先生)とお話しするのが一番の楽しみだったようです。
SEの先生は、父の歴史、出身地や学校、仕事の事までその日した会話を決して忘れず、
次に会った時には、それに輪をかけてお話ししてくださいます。
なので、父は気持ちよく口唇の訓練や、呑み込みの訓練を頑張っていたのだと思います。
カウンセラーを行う時の「傾聴」がとても上手な先生でした。
そして、父がコーヒーを甘くして飲むのが好き、と話したのかな?
訓練のゼリーが、不味いブドウゼリーでなく、練乳のような甘みのあるものを使用してくれたそうです。
その後、父はあのゼリーが美味しかった。美味しかった。とずーっと話していました。
たとえ訓練でも、その人の嗜好に合わせたものを選んでくれる心の優しさが、家族の私たちも
とてもホンワカするいい思い出となりました。
結局父は、「うなぎが食べたい」「トンカツにソースをたっぷりかけて食べたい」
「キャラメルを1個なめさせてほしい」・・・最後は「リンゴが食べたい」
と、最後まで食べたいものを想像して、求めていた事がとてもつらい思いで残ります。
とろみをつけて、ほんの少しでも口の中に入れてあげたい。味あわせてあげたい、
そうも思いましたが、これが喉に詰まると、また炎症を起こし、高熱が出るので、
今後食べることは無理だと思ってください。と、Drから指導を受け、諦めざるをえませんでした。
でも、最期の最期は、家族がみんなでどんどんと弱っていく父を見守りながら、孫もひ孫も皆で
見送ることが出来たので、良かったと思っています。
父の遺志でもある、
1、献体にあずけること
2、身内のみでささやかなお別れ会をしてもらいたい、こと
3、兄弟家族みんなが、仲良く楽しく暮らすこと
1,2はきちんと達成できたと思うので、あとはみんなで仲良く暮らせるように、相談ごとのある時は
みんなで集まり一緒に考え、定期的に食事会などでお互いの思いや近況などを話せる時間を作ることが、私たち長男夫婦の役割かな。とも思っています。
きっと父は、みんなが気持ちよく暮らせるように、私たちにその使命を任せてくれたのだと思います。
我が家は米寿の母と共に、3人暮らしになってしまいましたが、
みんなが気軽に立ち寄れるような、家づくりをしたいと思っています。
父の遺志をこれからも守り続けます!安心して任せてくださいね!!
母にも健康で長生きしてもらいたい、今日もこれから食事作りです。
魚と野菜料理の好きな母に、
「イワシのかば焼き風」
「大豆もやしのナムル」
「紅心大根の甘酢漬け」←これは仕込み済み
「具だくさんのお味噌汁」
今日はこんなメニューを作ろうと思います
こんな年明けでしたが、皆様本年もどうぞよろしくお願いいたします。